顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
予想の範疇だったのか、リーヴス侯爵は黙ったままカティアを見つめている。
「もう家に戻れるとは思っておりません。ですが、どうしても、謝罪とお礼を申し上げたかったのです」
カティアは一度目を伏せ、言葉を選びながら続けた。
「……私は、リーヴス侯爵の望んだ才能を持って生まれませんでした」
とつとつと語り始める。
それでも認めてほしくて、必死だったこと。だからこそ、どれだけ努力しても目を向けてもらえないことが悲しかった。
黙って街に出かけていたのは、当時のカティアにとっては大事なことだった。学生時代の噂は全部、誰かが悪意を持って広めたものだと断言できるが、一方で、令嬢にあるまじき行為をしたのも事実。
(たった一夜。どんなにセオを愛してしまったと言っても、それだけは言い訳ができない)
結果的に相手が、当時の婚約者自身であったとしてもだ。カティアも、そしてセオも互いに知らなかったのだから。
そういうことをつらつらと語ると、どんどんリーヴス侯爵の表情が険しくなっていく。
彼の怒りに、カティアの語りが止まりそうになる。けれども、これはカティアが受け止めなければいけない怒りだ。
「侯爵家の名を傷つける結果になったのも、全て私の軽率さが招いたことです。――本当に、申し訳ございませんでした」
だから、カティアは深く頭を下げた。
リーヴス侯爵は一言も口を挟まず、じっと聞いている。しかし、しばしの沈黙の後、その重い口を開いた。
「そのときの男が…………いや」
そうだ。セオだ。
けれども内容が内容だけに、王家批判にも聞こえると判断したのだろう。周囲に視線を走らせたかと思うと、すぐに口を閉ざす。
「勘当されるのも当然の身です。侯爵家との縁は全て切れたものと思い、私はひとりで生きる決意をしました。ですが――」
頭を上げた。
怪訝な顔をしたままのリーヴス侯爵に向かって、カティアははっきりと伝える。
「リーヴス侯爵は、私を見捨ててはいませんでした。陰ながら見守り、援助してくださっていたと伺いました」
瞬間、リーヴス侯爵が目を見開いた。
「――あの娘め。黙っておれと伝えたのに」
その声は低く、不機嫌そうだ。しかし、否定はしなかった。
「ふふ、ノーラを咎めないでくださいませ」
思わず笑みが溢れた。だって、やはり事実だったのだ。
ずっと求め続けてきた父の温もりをようやく見つけられた気がして、胸の奥がふわりと温かくなる。
張り詰めた空気がふっと緩んだのを感じたのか、ラピスの表情もパッと明るくなる。彼もまた、緊張していたらしい。
「それで……」
リーヴス侯爵は、なにかを問おうとして口を閉ざす。
考えをまとめているのだろう。何度も口を開けたり、閉ざしたりした後、決意をしたように頷く。
「それで。お前は、今後どうするつもりだ」