顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
リーヴス侯爵は、ラピスにも視線を向けている。この子の処遇を含めて、という意味だろう。
「殿下はすでに『星の子』として王城に迎えられた。だが、お前の立場はいまだ定まっていない。このまま宙に浮いた状態を続けるわけにもいかんだろう」
その通りだ。カティアは一度、深く息を吸った。
「これは自分の口から陛下にお伝えしたいので、誰にも言わないでいただきたいのですが――」
と、周囲の近衛たちにも視線を向ける。
フロゥが興味深そうに目を輝かせているが、彼にこそ釘を差しておきたい。
「私は、陛下のお手を取りたいと思っています」
「…………っ」
本当は、最初にセオに言ってあげたい言葉だ。
でも、父との問題を有耶無耶にしたまま、今後の身の振り方を決めたくなかった。
「かつての悪女の噂は、自分の手で払拭します。この国の中心で、胸を張って生きていく覚悟を決めました」
リーヴス侯爵は微動だにしない。
「そしてラピスの成長を、そばで見守りたい。母として、ずっと」
「しかしっ、陛下は――!」
突然、声を荒らげかけたリーヴス侯爵が、ぐっと拳を握りしめた。なにかを言いかけて、飲み込んでいる。
そのただならぬ様子にカティアが言葉を探していると――。
「かあさま!」
隣から、弾けるような声が上がった。
「とうとう、とうさまとけっこん!?」
ラピスが目をきらきらと輝かせて、こちらに訴えかけてくる。
「ラピス、声が大きい……!」
「けっこん! けっこん! とうさまにおしえてあげる!!」
「だからっ! まだ父様には秘密だからね!?」
しーっと人差し指を唇の前にかざし、なんとか宥めた。
ちらりと横に視線を向けると、護衛として少し離れた場所に控えているフロゥが、小さくガッツポーズをしているのが見える。
彼も彼で心配してくれていたのだろう。待たせて悪いことをした。
しかし、リーヴス侯爵だけはいまだに表情が抜け落ちている。
「そう、か……」
愕然としたまま、ぼそりと呟くその声に、カティアは狼狽えた。
喜んでくれるとまでは思わなかったが、それでも、気難しい顔をしたまま頷いてくれるのだろうなと思っていた。
でも、それは甘い考えだったのか。やはりカティアでは相応しくない。素行の悪い娘を認めるわけにはいかないと思っているのだろうか。
「リーヴス侯爵……?」
ただならぬ気配に、カティアは身構えた。
ラピスもなにかを察知したようで、椅子から降りたかと思えば、カティアにぎゅっとしがみついてくる。
ゆらり、と。
リーヴス侯爵が立ち上がる。
「え?」
彼が懐に手を差し入れたのがわかった。
「侯爵! なにを!?」
異様な気配に近衛たちが動きはじめる。ダッと彼らが駆けつけるよりも早く、リーヴス侯爵はテーブルを回り込みカティアたちに手を伸ばす。
リーヴス侯爵が懐から取り出したなにか。そこに、大きな魔力の波動を感じた。
まずい!と、半ば本能的に、カティアの身体も動いている。
「ラピス!」
全力で、ラピスを突き飛ばした。
小さな身体が芝生の上に転がる。驚いたラピスの瞳が、こちらを見つめている。
その動きは予想できなかったのか、リーヴス侯爵が目を見開いた。
しかし、彼自身も自らの勢いを殺せなかったらしい。そのままの勢いでカティアの身体に触れる。
「っ!?」
瞬間、リーヴス侯爵の掌から、膨大な魔力が溢れ出した。
視界が白く弾け、世界が歪み――。
やがて景色が一変した。