顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「え?」
これには誰もが目を丸くした。
けれど、大人たちの動揺もものともせず、ラピスは迷いなく居室内に入ってくる。
「かあさまのきもちが、いちばんのやつ――」
ラピスはきょろきょろと部屋を見回し、窓際のテーブルに駆けていった。
そして引き出しを開け、中から取り出したのは、瑠璃色の守り袋。カティアが夜な夜な縫い進めていたあの守り袋だ。
「うんっ、これ! これでわかる!」
ラピスの特技は、失せ物探し。商業都市レイネで磨いた自慢の技だ。
多少距離が離れていても、ここまでカティアの強い魔力が篭もった守り袋があれば大丈夫。ラピスには、ちゃんと見えている。
守り袋をぎゅっと握りしめ、目を閉じる。
「これとかあさま、つなぐの」
つなぐの、とは魔力の繋がりのことだろうか。
大人たちが固唾を飲んで見守る中、やがてラピスはぱちりと目を開け、迷いなくひとつの方角を指さした。
「あっち!」
その先は、王城の東――グレンソン公爵邸の方角だ。
セオ、レスター、フロゥの三人の目が合った。
「ラピス、お前は天才だ」
「えへへー」
セオがラピスの頭を撫でると、ラピスは得意げに笑う。
そんなラピスに背中を押してもらう気持ちで、セオは皆の方を振り返った。
「秘密裏に連れ去るつもりだったのだろうが――残念だったな、グレンソン」
セオの瞳に、冷たい光が灯る。
「行くぞ。逆賊ルーカス・コル・グレンソンを捕らえる」
ラピスが大きく頷いた。
それからフロゥも、レスターまでもが眼鏡に手をかける。
「好機ですね。せっかくですので、我々も乗っかってしまいましょう」
そう言いながら眼鏡をサッと外す。奥から現れた瞳は、氷の蒼に輝いていた。
レスターの眼鏡は、彼の膨大すぎる魔力を封じるための魔道具だ。それを外すのは、多少の武力行使も厭わず、全力を出すということと同義だ。
「これを機に、王宮内を綺麗にしてしまいましょう」
「いいのか? ラピスの主張が正しいか確かめもしないで」
「構いません」
レスターは涼しい顔で――しかし、その目だけが獰猛に光っていた。
「はっきりとした証拠を掴むまでは、と、堪えてきましたが、正直、かの方の一派にはうんざりしていたところです。反抗する者は、見せしめに氷漬けにしましょう」
王城内でのグレンソン公爵の権力は大きい。アビゲイルの件でようやく取り締まれると思いきや、のらりくらりと逃げられている。
レスターも内心、相当腹が立っていたのだろう。
普段は誰よりも慎重派を演じているが、レスターと言えば、実は一番血の気の多い男だとセオは知っている。
凍れる冷徹眼鏡様の本領は、眼鏡を外してこそ発揮される。これを機に、凝り固まった王宮内の空気に風穴を開けてくれるはずだ。
「頼もしいな。では、俺も遠慮なく暴れさせてもらおう」
「ぼくも! ぼくもいく!!」
足元でラピスが声を上げた。
「ラピス、お前は――」
「ぼくがいなきゃ、かあさまのばしょ、ちゃんとわからないでしょ!?」
守り袋をぎゅっと胸に抱きしめ、真っ直ぐにセオを見上げるラピスの瞳。その青が、セオの瞳と全く同じ光を宿していた。
「……わかった」
ふ、と表情を緩め、セオはラピスを抱き上げた。片腕で軽々と抱え、もう片方の手で剣の柄に触れる。
「フロゥ、騎士を集めろ。グレンソン公爵邸に向かう」
「了解っス!」
フロゥが弾かれたように駆け出していく。
レスターもすでに部下への伝令を飛ばしはじめている。王宮内の不穏分子を一斉に押さえるつもりだろう。
セオは腕の中のラピスを見下ろし、不敵に笑った。
「せっかくだ。格好よく母様を助けに行くぞ」
「あい!」
ラピスが小さな拳を突き上げる。
その手には、カティアの想いが詰まった瑠璃色の守り袋が、しっかりと握られていた。