顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(5)父と離れて
車体は質素で、公爵家の紋章どころか装飾すらない。足がつかないよう用意された、使い捨ての馬車だろう。
蹴られた脇腹がひどく痛む。
治療の途中だったが、リーヴス侯爵の目は大丈夫だっただろうか。それに、喉を潰すなどと恐ろしい言葉も聞こえた。
焦燥感に駆られるも、ぼんやりしている暇はない。だからカティアは周囲の状況を確認しようと目を凝らした。
手首には枷をはめられ、両手を繋ぐ短い鎖が重い音を立てる。馬車の中には黒装束の男が三人。いずれもグレンソン公爵の手の者だろう。
「大人しくしていろ」
カティアの視線に気付いた男が、面倒くさそうに言った。
「あんたはこれから、トリリア国の王弟に引き渡されるのさ。あっちの王弟は、あんたが『星の子』の母ってだけで大金を積んでくれるらしい」
隣の男がにやりと笑う。
「なにを勘違いしたのか、あんたを使えばいくらでも『星の子』を産めると思い込んでいるとか。王弟って肩書きのわりに、馬鹿なもんだ」
「まあ、この国の王族も、変な風習に囚われている阿呆だがな」
男たちが下卑た笑いを漏らす。
(トリリア国――王位継承争いがあったばかりの、あの国ね)
この国からかなり距離があるため詳しくはないが、『星』に対して間違った認識でもあるのだろうか。
カティアは表情を動かさないまま、頭を回転させる。
少なくとも、あの国の王弟と、グレンソン公爵が裏で繋がっていたということだ。他国の内紛にまで手を伸ばしていたのか。
「隊長、この女、全然怖がりませんぜ。肝が据わってる」
「強がってるだけだ。――ほら、お前も静かにしとけ。そろそろ大通りに出る」
その言葉にはっとした。
窓の隙間から見える景色が変わっている。先ほどまで建物の陰を縫うように走っていたのが、急にひらけた。
外門が近い。まもなく王都の外に出てしまうのだ。
心臓がずっと嫌な音を立てている。王都から出てしまえば、探し出すのは一気に困難になる。そうすれば――。
(ううん! 駄目! 信じるのよ。セオはきっと助けに来てくれる!)
四年間、彼は逃げず、諦めず、カティアを探し続けてくれたのだ。
だからカティアが諦めてはいけない。どうにかセオに居場所を伝える努力をしなければ。
(でも、どうやって――)
悩んでいるうちに、馬車がペースを落とした。大通りに合流し、他の馬車に紛れようとしているのだろう。
――その時だった。
「おい!」
窓の外を覗いていた男のひとりが、顔色を変えた。
「まずい! どうして、あのお方が――!」
え?と目を丸くした瞬間、再び馬車がぐんっと加速する。まるでなにかから逃げるように、乱暴に走り出した。