顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

(6)救出、そして…


「あ……」

 床にぺたんと尻もちをつき、カティアはぽかんと上を見上げる。

 魔法の残滓か。星を思わせるキラキラ眩しい光の粒子が車内に残っている。
 そしてその光の向こう、瑠璃色の瞳と目が合った。

 考えるよりも前に身体が動いた。恐らく、彼も。
 立ち上がった拍子に鎖が鳴る。それすら気にすることなく、彼のもとへ駆けていく。
 カティアの細い腰はすぐに掴まれ、強く引かれた。そのまま彼の胸元に飛び込む形で、強く、強く抱き込まれたのだ。

(セオ……!)

 来てくれた。こんなに早く。
 いまだ彼の息は荒い。どれほど急いでくれたのだろう。
 心がぎゅっと苦しくなって、カティアは彼の頬に触れた。

 ありがとう。無理しないで。助かった。会いたかった。色んな感情がない交ぜになり、上手く言葉が出てこない。――だけど。

 心はただ、彼を求めていて。
 求めるまま顔を寄せ、その唇が重なった。

「…………っ」

 ああ、ようやくだと思う。
 この唇に触れる温もり。ずっとずっと、この人を忘れられなかった。

 自分でもわかっていたのだ。四年前のあの日から、カティアにとってはずっと恋だったから。
 求めてやまなかったこの人に、ようやく素直になれた。
 剥き出しの自分で向き合えた。

「カティア……!」

 一度だけでは足りない。二度、三度と角度を変えながら何度も触れ合う。
 それでも全然足りなくて、もっと、もっとと渇望する。

 一体どれほどの欲がこの身体に眠っていたのか。
 こんな欲をよく抱え込めていたなと自嘲する。

 でも、一度箍が外れてしまえば、もう無理だ。我慢なんてできない。気持ちが溢れ出して、止めることなどできない。
 でも――。

「セオ! 大変なの! お父様が! お父様がグレンソン公爵に……!」

 これだけは絶対に伝えなければ。
 ガバッと顔を起こし、必死で訴えかけた。
 頼れるのはセオしかいないのだ。早く行かないと、リーヴス侯爵の喉が潰されてしまう。

「大丈夫だ」
「え?」
「グレンソン公爵邸にはもう人を向かわせている。今頃、グレンソン公爵を捕らえ、リーヴス侯爵も助け出されているはずだ」
「本当に……?」

 安堵で、ふらりと足の力が入らなくなる。
 崩れ落ちそうになったところをセオに抱きとめられ、「だから、もう一回」と囁きかけられた。導かれるままに再び唇を寄せようとした――その時だ。

「あー! とうさまとかあさま! ちゅーしてる!!」
「しっ! 殿下、今いいとこなんスよ! ようやくなんですから、陛下の邪魔しちゃ駄目っス!」

 緊張感のかけらもない声が聞こえてきて、セオが目を丸くする。
 カティアも咄嗟にセオと身体を離して、呼吸を整えた。
 そうだ、ここは公衆の面前。セオと共に、大勢の騎士たちが追いかけてきてくれていたのだ。ついでに言えば、あの子まで。

「――ついていくと聞かなかったんだ。あの子なら君の居場所がわかるから、俺たちも頼らぬ訳にはいかなかった」

 そう言い訳をしながら、セオはカティアの手枷に剣の刃を当てる。
 そこに魔力を乗せると、キラキラした光があっという間にカティアの枷を断ち切った。さらにもう片方の枷もあっという間に破壊され重い音を鳴らしながら床に落ちた枷を見て、カティアは目を丸くする。

「すごい」
「まあ、これくらいはな」

 そう言いながら、セオはカティアに手を差し出し、外へと導いた。
 地面に降り立つと、ぴょんっとラピスが主張してくる。

「ぼくがね! ぼくがかあさまをみつけたの!」
「ふふ」

 得意げに胸を張る姿が愛しくて、カティアもくすくすと微笑んだ。もちろん、セオはそんなカティアから片時たりとも離れない。カティアと一緒に、ラピスを温かく見守っている。

「あのね! これでね!」
「――失せ物探し、得意だものね」

 なるほど、と納得しながら、カティアはラピスからあるものを受け取った。
 その柔らかな感触に、胸の奥がきゅっとなる。

(これ、きっとセオも見たのよね)

 瑠璃色の守り袋だ。引き出しの中に仕舞っていたつもりだったけれど、ラピスのことだ。きっとカティアの魔力を覚えて見つけ出したのだろう。
 そして、ここまで追ってきてくれた。

「ありがとう、ラピス。あなたは私の英雄ね」
「ぼく、かっこいい!?」
「ええ、とってもかっこいいわ!」

 そう言うと、きゃーっ!とラピスが高い声を上げる。
< 115 / 126 >

この作品をシェア

pagetop