顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
騒然としていたはずなのに、場の空気がたちまち和み、気がつけばざわざわと街の人たちの声が聞こえてきた。
「なあ、あそこにいらっしゃるのって陛下だよな?」
「あ、ああ。だったらあそこの御子……」
「想い人が見つかったって噂、あったわよね」
「え!? もしかして、御子までいらっしゃったとか!?」
そういえば、ここは大通りのど真ん中だった。
家族三人で再会の喜びを分かち合っていたけれど、もしかして、色々問題があるのではないだろうか。
(世間的にはまだ『星の子』の存在って公表されてないのよね……? ラピスの顔も思いっ切り知られちゃったし――)
どうしようと焦るも、一方のセオはしめたとばかりに口の端を上げる。
「ラピス」
そう言ってひょいっとラピスを肩の上に乗せ、皆にその顔を知らしめたのだ。
「聞け!」
セオのよく通る声が、大通りに響き渡った。
青空に映える銀色の髪。そして同じラピスラズリの色彩を宿したふたりの姿に、皆の視線が集まる。
「この子は、私、シュタルド国王セルジュリウス・オルト・イヴォン・シュタルドの子である! この国唯一の『星の子』だ!」
ざわ、と空気が揺れた。
騒ぎに集まった民衆が皆、口元を押さえて息を呑んでいる。どよめきは波のように広がり、あっという間に大通り中に伝わっていった。
カティアも目を見開いていた。
(セオ!? ここで、それを……!?)
カティアの驚きくらい読んでいたのだろう。振り返ったセオが、いたずらっ子の顔をしてウインクする。
「ここまでしてしまえば、もう隠れて生活する意味もないだろう?」
「セオ……」
本当にこの人は。
(ああ、もう、やられた……!)
停滞したものに風穴を開けてくれる。古い慣習に捉われず、自分の意思で道を切り拓いてくれる。
カティアは彼のこういうところが、本当に好きなのだ。
ひととおりラピスの披露目が終わると、セオはラピスをそっと地面に下ろした。そして、カティアと正面から向き合う。
さっきまでの茶目っ気が嘘のように、彼の瞳が真剣な光を帯びている。
「カティア。君もだ」
その声は低く、静かで――切実だった。
「君が色々なしがらみに囚われているのは知っている。でも、隠れる必要なんてないんだ」
心臓が跳ねた。
それは、カティアの心の一番弱い部分に直接触れる言葉だから。
「もし、俺を好いてくれるなら、自分の気持ちに嘘はつかないでほしい。君が嘘をつかなくて済むよう、俺が努力するから」
そう言って、セオの視線がカティアの手元に下りた。
ラピスから受け取ったままの瑠璃色の守り袋。先ほどラピスに渡されてから、握りしめたままになっていた。
「――それ。俺のために作ってくれた物だと思っていいか?」
どきん、と心臓が鼓動した。
「ええ。依頼から随分遅くなってしまったけれど――あ。でも、その。そもそもこれは依頼とかとは関係なくて」
どうしてもカティアの気持ちを伝えたくて作ったものだ。
カティアはおずおずと守り袋を差し出す。それを受け取ったセオも、優しい目をして守り袋を抱きしめた。
「すまない。実は、勝手に中を見てしまったんだ」
「あ――」
守り袋の中には、あの飾り紙が入っている。『夢喰』の加護をありったけ込めて書き綴った、祈りの言葉だ。
『家族皆で、笑って暮らせますように』
四年間、何度も何度も夢想した。そんなあるはずのない未来を勝手に妄想し、虚しくなるからって目を逸らし、それでも心の中から消し去れなかった。
あまりに素朴な、カティアの望みだ。
セオはしばらくの間、守り袋を握りしめたままでいた。
そして、泣きそうなくらい優しい顔で笑う。
「俺たちなら、三人でいい家族としてやっていける。そう思わないか?」