顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
駄目だ。完全に浮かれている。
カティアがどれだけ訴えても、セオは笑って離さない。
「ね! きいた!? けっこん! けっこんだって!」
「ええ、ええ、聞きましたとも。よかったですねえ、殿下」
「うん!」
ラピスがぴょんぴょん跳ねながら歓声を上げ、その横でフロゥが目を細めている。
「陛下! おめでとうございます!」
「リーヴス侯爵令嬢って、婚約破棄になったあの……?」
「悪女って噂じゃなかったのか!?」
「でもすげえいい人そうだぞ」
「なにか事情があったんだろ!? どう見ても相思相愛じゃねえか!」
民衆からも、割れんばかりの歓声が湧き上がる。
拍手と歓声と口笛が入り混じり、大通りがお祭り騒ぎに染まっていった。
本当に色々あった。セオの気持ちを受け入れるにしても、抱えきれないくらいの悩みがあったはず。なのに、この歓声を聞いていると――いや、嬉しそうなセオの顔を見ていると、そんな心配が綺麗に溶けていく。
「ああ、本当に嬉しい。はぁ……いつまでも、この喜びに浸っていたいが」
やれやれと息を吐きながら、セオがカティアを地面に下ろす。
「片付けるべきものを片付けてから、あとでゆっくり君を愛でるとするか」
そう言うセオの表情は、先ほどまでの浮かれっぷりが嘘のように真剣なものになっていた。
ちょうど、ガラガラガラと向こうから一台の馬車が走ってくる。
その周囲には多くの騎馬が取り囲み、厳重に警戒をしているようだった。
馬車はやがてカティアたちのすぐ前で立ち止まる。
厳戒態勢のまま騎士が、その馬車の扉を開いた。
まず現れたのは黒髪の男だ。カッチリと黒髪を後ろに流し、アイスブルーの瞳が光る。凍てつく表情をぴくりとも動かさず、眼鏡をした長身の男。
レスターだ。彼がじゃらりと鎖を握り、誰かを馬車から降ろしてくる。
そしてその鎖の先は、ある人物の手元に嵌められた枷に続いていた。
(本当に捕らえたんだ……!)
その人物こそ、カティアを他国に売ろうとした存在。そう、ルーカス・コル・グレンソン公爵その人だ。
「久しいな、グレンソン公爵。カティアたちを王都に連れ戻して以来か。――息災であったか?」