顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「え!?」
「イヴちゃんが!?」
周囲から驚きの声が上がった。
これまで誰にも言ってこなかったが、今日だけはいいだろう。
家業のために、顔も知らない人と結婚するのはままある話だ。特に女性は、家の決定に従うしかない。
「君も……?」
セオがカティアの顔を覗き込み、瑠璃色の瞳を揺らす。
「あっ、すまない。女性側からすれば、俺の言い方は気持ちのいいものではなかったろう?」
すぐに気遣いを見せてくれるあたり、悪い人ではないのだろう。落ち込むように目を伏せ、頭を下げる。
「いえ。そこも含めて、色々共感してしまったので」
こっちだって、相手は二十二になろうとも世間に出てこない引きこもりなのだ。散々心の中で当たり散らしてきた分、共感できる。
せめて顔がわからないのであれば、悪い噂のない相手と結婚したい。当たり前だ。
「マスター、彼に一杯。私の奢りで!」
カティアは目を据わらせて、ドン、と空のグラスをテーブルに下ろす。ギョッとしたセオに向かい、新しいグラスを掲げては頷いた。
「――呑みましょう。私、現実を忘れに来たんです」
「いいね。呑もう。とことんだ」
一致団結。本当はさよならの挨拶をしに来たのだが、酒の席だ。呑むのが一番の挨拶だろう。
むしろ今までよく、呑めないカティアを温かく受け入れてくれたものだとすら思える。
来るたびに客の顔ぶれは変わっても、皆、一様に温かく、懐が深かった。
この酒場に来たら、カティアもまた、本当の自分でいられる気がした。
そして今――まさに、意気投合である。
「イヴです。顔も知らない引きこもりと結婚することになりました」
「セオだ。同じく。顔も知らない悪女と婚約する予定だ」
同志。
全く同じと言っていい境遇に、がっちりと握手をしたくなる。
代わりにするのは乾杯だ。
そして――。