顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

「煩い! 茶化すな!」

 通りがかった客が、セオの肩をバンバンと叩く。それにセオが顔を真っ赤にしながら反論すると、ますます周囲の笑い声は大きくなる。

「ま、そうやってセオが気に掛けてくれるなら安心だけどよ。今までもそりゃあ心配でよ」
「世間知らずだしな。初めてここに来たときとか、途方に暮れてたもんな。どうやって注文したらいいのかわからないって突っ立ってて」
「わー! そ、それは秘密で! ちょっと、話さないで!」

 街娘になりきれてなかった頃のやらかしを掘り起こされたくない。両手でブンブン手を振りながら話を止め、はあと息を吐く。

「いえ。あの。その。――色々あって、ここの人たちにお世話になって」
「女の子ひとりで入り浸っちゃうくらいに?」
「えっと……うん」

 家みたいだなと感じるのだ。
 カティアにとっての本当の家は、とても冷たくて寂しい場所だから。
 この空間がくれる人の温もりが恋しくて、皆の顔が見たくて、つい足を運んでしまう。

「ま、でも、この子はやり手だぞ。――ほら、持ってるんだろ? あれ見せてやりなよ」

 そんな声に、セオが興味深そうにこちらを見つめてくるから、心臓がどきっとした。
 おずおずと懐に忍ばせていた守り袋をひとつ取り出し、掲げてみせる。

「こういうのを作っていて」
「へえ、綺麗な刺繍だ」

 差し出したのは、泉の月の誕生石を忍ばせた守り袋だ。水色の涼やかな布地に、水紋と湖面に浮かぶ花を描いている。

 もちろん、この守り袋の真価は、中に忍ばせてあるカティア直筆の飾り紙だ。加護をたっぷりと込めたそれは、所有者に安らぎを与えてくれる。
 何気なしにそれを手渡すと、セオが目を丸くした。

「これ――」
「うん?」
「なにか、身体が軽くなるような……?」

 これにはカティアの方が驚いた。
 カティアの安らぎの力は大きなものではない。しばらく懐に忍ばせておけば、気がつけば心が軽くなっている程度の、おまじないみたいなものだ。
 このセオという人は、その微力な加護すら感じられたというのか。
 セオは、まじまじと守り袋を見つめながら、カティアに問う。

「中を開けても?」

 少し物怖じしながらも、頷くしかない。
 セオが中を開くなり、ころんと転がり落ちる泉の月の誕生石。さらに袋の中に、小さな飾り紙が入れてあるのを発見したようだ。

「綺麗な手跡だ。――これも君が?」
「え……と。うん」
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