顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
誤魔化すことはできないだろう。それなりの教育環境に恵まれなければ身に付かない、流麗と称していい手跡に、セオが感嘆のため息を漏らす。
「ああ、なるほど。婦女子に人気の雑貨屋で、不思議なまじない袋が飛ぶように売れていると聞いたことがあったな。これのことか」
「ええと」
その問われ方をされると、頷きにくい。
けれど、カティアの代わりに周囲の客が頷いている。
「持っているだけでいい夢が見られるとか、心が安らぐとか、眉唾物だと思っていたが、これは――」
ふと、セオの瞳が真剣な光を宿した。先ほどまでふわふわ笑っていたのに、急になにかを見定めるかのように守り袋を凝視している。
「特殊な魔法? ――いや、まさか加護か?」
「え」
あまりの鋭さに、カティアの頭も一気に冷える。
だって、加護なんて本来は特定できるものではないのだ。見抜かれるなどちっとも想定していなかったため、頭が真っ白になる。
「もしかして御印持ち――」
「まさかそんな! 多少の魔力はあるけれど、御印なんてとても」
ありえない。なにを馬鹿なことを言っているんだとばかりに大げさに否定する。
「――失礼した。だが持った瞬間、本当に身体が軽くなった気がしたから、驚いたんだ」
「みんなそう言ってくれるけど、きっと、気持ちの問題だと思う」
思い込みの薬効、極まれりということにしておこう。こればかりは、ゴリ押ししかない。
「うーん、これは確かに売れるだろうな。今度、俺も買いに行くかな」
「あの店に、あなたが並ぶの?」
女性ばかりの店にひとり並ぶセオの姿を想像し、吹きだした。
他の男性なら、気後れして所在なさげにしてそうなものだが、セオは堂々と待っていそうだ。本人は周囲に馴染んでいるつもりでも、微妙に浮いていそうで、愛嬌を感じる。
くすくすと微笑んでいると、ここでもセオは胸を張った。
「もちろん。いいものを買うのに男も女もないだろう?」
一切悪びれない様子が可愛くて、とうとうカティアは声を出して笑った。
なんだろう。彼の持つ柔軟な考えと自由さが、とても魅力的に見える。
(私の相手も、こんな人ならよかったのに)
今になって、どうして、こんなことばかり考えてしまうのだろう。
自分の将来については、もう、完全に諦めている。王太子妃になる未来は変えられそうになくて、カティアは、父親が示すその道を素直に歩くことしかできない。
なのに、今さら、こんな気持ちを知ってしまった。
「でも残念ね。もう卸せないから、在庫もないと思う」
「そう、か……」
セオはあきらかに落胆したように目を伏せる。
そんなセオの手に、カティアは守り袋をぎゅっと握らせた。
「それでよければ、あげるわ。散々愚痴を聞いてもらったお礼」
「いいのか?」
「ええ。持っていてくれたら、嬉しい」
とてもではないが、自分らしくない言葉がするりと出てきて、カティア自身が驚く。
同時に、胸が苦しくなった。彼に惹かれていることを強烈に自覚してしまったからだ。セオが大切そうにそのお守りを懐にしまってくれたから余計に。
「相手が、君のような人だったらよかったのに」
ああ、今さらそんなことを言わないでほしい。
今まで感じたことのない胸の痛みを、どうしていいかわからなくなるから。