顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

(6)あの女、許せない ※アビゲイル視点


      ◇◇◇

 赤茶色の長い髪に、エメラルドの瞳。
 自分とよく似た娘が、珍しい時間に下町を抜けていくのを見つけ、アビゲイルは息を呑んだ。

(あの子……)

 ちょくちょく下町へ顔を出す女の子。下町に溶け込む格好をしているが、妙に浮いている。だから、どこかいいところの出だとは気付いている。

 面識自体はない。けれども、下町で小さな商店を営む商家の娘アビゲイルは、彼女にいい印象を持っていなかった。

 自分とよく似た色彩を持つ、同じ年頃の女の子だった。
 雰囲気こそ違えど、顔立ち自体もよく似ている気がする。
 けれど、生まれも育ちもおそらく、彼女の方がはるかにいい。恵まれている。ぬくぬくと箱入りで育てられた娘が、わざわざ下町にやってきて男を漁っているのだ。
 気分がいいはずなく、アビゲイルはイヴと呼ばれている彼女を目の敵にしていた。

 アビゲイルはこの下町の出で、彼女が入り浸っている酒場にも面識のある男は多い。ただ、彼女自身は少し内向的で、男性と話すのも得意ではない。だから、皆が楽しそうに過ごしているのを、じっと物陰から見ているだけの控えめな女の子だった。

 周囲の女たちが我先にと男に言い寄るのを見るけれど、誰も彼も品がないと思う。アビゲイルのように、一歩引いたところから男性を支える女の子こそが、素敵な男の子に見初められるべきなのだ。

 こうして朝早くから店の掃除を率先して行うのも、我ながら健気だと思う。
 いつか素敵な王子様がアビゲイルを見初めてくれる。きっと、父親を介して見合いの打診が殺到する日がやってきて、アビゲイルはそのなかでもとびきり素敵な男性と恋をし、結婚するのだ。

 ――なんて。
 最近の妄想で、アビゲイルに告白してくる男性はいつも同じ人だけど。

(セオ……)

 たまに下町に顔を出す美青年。もちろん、話したことはない。
 けれど、観察眼に優れるアビゲイルにはわかる。彼は絶対に良家の子息だ。
 もしかしたら貴族がお忍びで来ている可能性すらある。話している様子はくだけているけれど、どこか所作が綺麗で、ぱっと目を惹く優雅さがあった。

 健気に毎日を頑張っていたら、いつか彼に見初められる日が来る。その妄想だけで、この早朝の開店準備も頑張れるというもの。

 しかし、この日はいつもとは違った。

「ちょっと、そこで寝ないでよ」

 店先に酔っ払いが転がっている。もっさりとした頭は、嫌と言うほど見覚えがある。運搬業に従事するアビゲイルの幼馴染みだ。

 例の酒屋に入り浸っており、セオとも顔馴染み。だからアビゲイルはセオの情報を、いつもこの幼馴染みから買っていた。そういう意味では、非常に使える男だ。

 セオと違って、ちっともときめかない芋男子を足蹴にしながら、邪魔だと主張する。
 その芋はと言うと、んー、と寝ぼけながらも身体を起こす。

「おお、アビー。もう朝か」
「邪魔よ。うちの敷地内で寝るなら、宿代取るわよ」
「あん? いいのか? 今日はいいネタがあるぞ」

 もう慣れたものなのか、幼馴染みはニヤリと笑いながら、上半身を起こす。そうしてすぐ近くにある宿を指し、楽しそうに目を細めた。

「まあ、悪いネタだがな。お前のお気に入りのセオな、とうとう女の子をお持ち帰りしたぞ」
「はあ!?」

 やめて!と心の中で叫んだ。
 そういう情報はいらない。アビゲイルの妄想上のセオは、決して女の子に靡かず、アビゲイルだけに心を寄せてくれている。
 その妄想が楽しめなくなる情報など聞きたくなかった。

「惜しかったなー。相手の子さ、知ってるか? イヴって言って、お前と見た目がちょっと似た女の子」
「なんですって!」

 しかも、最悪の展開が待っていた。アビゲイルは両目を見開き、今し方、くだんの女が走っていった方向に目を向ける。

「ま、似ているっつっても中身が全然違うからな。イヴは上品で、護ってあげたい!ってなるっつーかさあ――って、おい!?」

 幼馴染みの話など耳に入らない。気がつけば、イヴの姿を追って走り出していた。

(どういうこと!? あたしのセオと寝た!? よりにもよって、あの女が!?)
< 18 / 126 >

この作品をシェア

pagetop