顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

 結局二十二歳になるまで、引きこもり生活が続いたのは訳がある。

 元々、セオにはリーヴス侯爵令嬢の前に婚約者がいた。
 この国でも有数の大貴族ネディル公爵家のご令嬢だ。しかし、それも婚約式を目前にして破談となった。
 ネディル公爵家の策略により、父王に毒が盛られていたと発覚したためである。

 もう三年以上前のことになる。ネディル公爵家は早々に、一族もろとも処刑されている。
 しかし、犯人が特定できたところで、後遺症が治るわけではない。どれだけ医者が手を尽くしても、父王は日に日に衰えていく。
 結局二年半という長きにわたり命は持ちこたえたが、その一方で後継者たる『星の子』への保護はより厚くなった。結局セオは、二十歳を過ぎてもなお、即位するまで特殊保護が継続されることになったのである。

 幸い、市井で培った人脈と見識はこの国の実情を知る上で大いに力となった。山積する課題にも懸命に食らいついている。
 それでも、愛すべき父を失った傷心を抱えたセオにとって、この国をたったひとりで背負うのはあまりに重かった。

(せめて、支えてくれる人がいたらな)

 何度だって、その考えに辿り着く。
 いや、醜聞に乗じてこれ幸いと、毛嫌いしていたリーヴス侯爵令嬢との婚約を破棄したのは自分だ。
 ただ、婚約がなくなったらなくなったで周囲が煩い。その空席に我が家の娘をと、貴族たちがこぞって名乗りを上げてきているのだ。

(先王の喪中であることすら意にも介さぬ厚顔さ。どの貴族も同じだ。呆れを通り越して感心すらしてしまうな)

 だが、セオの心はとうに決まっていた。
 あの夜、偶然出会い、たった一晩で忘れられなくなった女性、イヴ。

 イヴという名は偽名だろうが、彼女以外を隣に立たせる未来が、どうしても思い描けない。
 しかし、自分は国王。一刻も早く次代の『星』へ命を繋ぐ使命がある。

「いいかげん逃げてばかりではなく、早く決められたらどうでしょう。その気がないのであれば、ひとまず側妃でも」

 セオの繊細な恋心などさらっと無視して、冷徹な言葉を投げかけてくる男に目を向けた。

 艶やかな黒髪を後ろに流し、銀縁の眼鏡の奥でアイスブルーの瞳を冷ややかに光らせている男の名はレスター・ディキ・アシュベル。
 仕立てのよい紺のフロックコート、中に着込んだシャツには皺ひとつなく、濃紺のクラヴァットの結び目に至るまで一分の隙もない。
 見た目通り几帳面そのものの彼は、セオの腹心にして次期宰相とも目されている。
 有能であることに疑いはないが、こと主君の色恋に関しては、恐ろしいほど容赦ない、よくも悪くも合理的な考えを持つ男だった。

「今の俺に妃を取る余裕などない」
「そう仰って、もう何カ月引き延ばしていらっしゃるのですか。往生際が悪い」
「……わかっているが」

 前婚約者の父であるリーヴス侯爵自体は、真面目でよく働く有能な男だ。だから侯爵には悪い気もしたが、やはり信用できない人間を妃になどできるはずがない。
 ひとり目の婚約者のせいで父を失った身としては、余計に。

「――はぁ。あなたも厄介な女性に惹かれたものですね」
「厄介と言うな。でも、彼女は本物だった」
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