顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「表から来るより、こっちから来る方がオレには簡単なんスよ」
「……フロゥ」
「あー。目が本気。物理的に部屋の温度下がった。――わかったよ、レスター」
レスターから放たれた冷気を浴びた途端、フロゥの纏う空気が一変した。ふざけた笑みを引っ込め、流れるような所作でセオの前に一礼する。
砕けた喋り方の方が素ではあるが、貴族の出だ。夜会に忍びこむことも多いため、礼儀作法も完璧に身に付けている。
「陛下、教会に調査に行って参りましたが、削除された加護のなかに、それらしい御印の記録はございませんでした。よほど金を積んだか、教会としても存在しては困る神に御印を授けられたか」
「……そうか」
期待していた結果は出ず、セオは分かりやすく落胆する。
基本的に、御印の有無は教会が全て把握・管理をしている。
御印は、地上に生まれ落ちたその日に授かると言われているが、実際に御印の存在に家族が気がつき始めるのは早くて五歳、遅ければ教会から洗礼を受ける七歳と言われている。
御印は魔力を通すことでその紋様が浮き出てくるため、本人に一定の魔力がそなわるまで表に出ることがないのだ。
そして七歳の洗礼によりはっきりと、その紋様がどの神の加護によるものなのかが判明する。
「教会が相応の対価と引き換えに、加護をなかったことにするのはままありますが」
「はい。恐らく、イヴ様の場合も同じでしょう。完全に記録が消されているのは、イヴ様がそれなりの家の出で、相当な金を積まれたからでしょうが」
国と教会は全く別の存在だ。たとえ王であろうと、教会の領分に踏み込む権限は持ち合わせていない。
「御印を授かるというのは栄誉なことですが、必ずしも歓迎されるわけではありません」
レスターの言葉に、セオも難しい顔をして頷いた。
「そうだな。俺もそうだが、誘拐されないよう厳重に警護するにも限界はある」
「それを負担に思う家庭もあるでしょうね。あるいは、望まぬ神の御印を授かってしまったか」
「貴族であったなら、そっちの可能性の方が濃厚だな」
神という存在は、必ずしも善良なものとは限らない。望まぬ御印を授かったがために、家族から疎まれるという話は珍しくなかった。
(イヴは……どちらなのだろうな)