顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

 魔力だ。
 銀色の髪が風もないのに逆立ち、小さな体から溢れ出る魔力が周囲の空気を震わせている。その魔力を肌で感じ取ってか、大きな男の子たちがへたりこんで震えていた。

「ラピス!」

 威圧感に足が竦みそうになるけれど、立ち止まっていてはいけない。カティアはすぐさまラピスに駆け寄った。
 しかし、ラピスの怒りは男の子たちに向けられたまま、強く睨みつけている。

(えっ……!?)

 そのとき、瑠璃色の瞳に信じられない輝きを見つけた。

(どうして、あの紋様が……!?)

 思考が一瞬で真っ白になる。けれど、今は考えている暇はない。

「ラピス、落ち着いて!」

 カティアはラピスの小さな身体を抱きしめ、強引に男の子たちから引き離した。

「そのこたち、ぼくのかあさまのわるぐち、いった」

 ぼそぼそと呟くラピスの魔力が、ぐんと濃くなる。
 強い風が走り、木々の葉が悲鳴のように鳴いた。
 周囲の子供たちに魔力を感じ取る力はない。けれど、この異質な空気はわかるのだろう。足が震えて動けなくなっている子、泣き出す子、年上の子にしがみつく子、小さな公園が恐怖に包まれていた。

「大丈夫よ、ラピス。かあさまは平気」
「う、うう……!」
「あなたの側にいる。大丈夫だから……!」

 カティアはラピスの背をさすりながら、胸の奥で『夢喰』の力を呼び起こす。
『夢喰』には魔力を落ち着かせ、安らぎを与える力がある。

「ラピス……!」

 じわりと広がる温かな波動が、ラピスの荒ぶる魔力に馴染んでいく。
 それがラピスの身体を包み込んだのだろう。怒りに震えていた小さな身体が、少しずつ力を失っていく。
 皆が固唾を飲んで見守る中、やがてぐったりとカティアの腕の中に沈んだ。

 ――眠ったのだ。あれだけの魔力を放出して、三歳の体が保つはずがない。
 規則正しい寝息を確認してから、カティアは顔を上げた。

「ごめんなさい。驚かせてしまって……怪我はない? 大丈夫?」

 泣きじゃくる子供たちを見回し、ひとりひとりに声をかける。

 幸い、怪我をしている子はいないようだった。
 駆けつけてきた近所の大人たちにも事情を聞き、頭を下げた。状況を見ていた人が言うには、ラピスが片親であることを馬鹿にする子がいたのだという。
 カティアは眉根を寄せ、眠るラピスの顔を覗き込んだ。

(私のせいで、ラピスに肩身の狭い思いをさせてしまった)

 胸に痛みを感じながらも、ラピスの小さな身体をぎゅうと抱きしめる。

 ずしりと重い。
 いつの間にか、こんなに大きくなっていたのだ。
 これから先、この子が大きくなったら、自分の出自に疑問を抱く日が来るだろう。ごめんねと心の中で謝りながら、ノーラにも声をかけ、足早に二階へと戻る。

 部屋に入り、ベッドにそっとラピスを寝かせる。
 銀色の柔らかな髪が揺れた。その安らかな寝顔を確認してから、カティアはようやく大きく息を吐く。
 そして、先ほど見たものを思い返した。

(あの瞳、どういうこと……!?)
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