顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

 ほんのわずかな時間であったが、見間違えようはずがない。

 魔力に満ちたラピスの瞳の奥に宿った光が、八芒星を描いているように見えた。
 魔力が宿ると姿を現す特殊な紋様。それってつまり、御印ではないだろうか。
 そして、その形が八芒星。
 それなりに王妃教育を叩き込まれた身だ。教会で調べなくてもわかる。八芒星の御印は、『星』の加護だ。それって――。

(王家の、もの)

 愕然とした。ベッドの前で膝をつき、ガタガタと震え出す。

(まさか、そんな。形が似ただけの、『星』とは別の御印っていう可能性も――)

 と考えるも、すぐに自ら否定する。
 だって、御印が瞳に宿る例だなんて、国王の『星』以外に聞いたことがないからだ。

(王家の――陛下の髪色は、銀)

 ずっと疑問に思っていた。どうしてラピスが銀髪だったのか。
 お忍びのためにと、セオが髪色を変えていたのはわかる。
 それにしても、銀。ゼロではないが、それでもここまで美しい、冬の星を思わせる蒼を宿した銀は珍しい。
 あの黒髪は、この稀少な色彩を隠すためだったのだ。

(国王陛下は、初恋の人を探してるって……)

 ズキッと心臓が、鈍く痛んだ気がした。だからすぐに思考を遮断する。
 頭を横に振り、ラピスの顔を覗き込む。そして、自分の心を落ちつけるためにも、ラピスの柔らかな銀の髪を梳かした。

 先ほどまでの剣幕が嘘のように穏やかな顔で眠っている。
 なにも知らない、たった三歳の子供。
 そして今、この子を守れるのは自分だけだ。

(あの御印、誰か、他に目にしていたかしら?)

 カティアでも、ごく近くに寄らなければわからなかった。
 正面にいたのは数人の子供たちだけだった。
 御印持ちは貴族でも珍しく、平民の世界にはほとんど浸透していない。だから、あれを目にしても、御印だと気付ける子供はいないとは思う。

(……隠し通さなきゃ)

 カティアは震えた。
 セオがどういう理由であんな場末の酒場にいたのかはわからない。

 いや、そもそもセオ自身も『星』の御印を持っていたのか。
 そうだ。セオが現国王陛下とは限らない。王家には、カティアの知らない秘密がたくさんありそうだから、もしかしたら別の可能性だってあるかもしれない。『星』を持っているからといって、国王その人とは限らない。
 ――なんて、あくまで希望的観測ではあるけれど。

(……本当は、すぐにでも国に知らせるべきなんでしょうね)

 セオの正体が誰であったとしても、ラピスの『星』は特別な御印だ。『星』が宿る一帯を豊かにすると言われている。

(そういえば、私がここにやって来てから、ずっと豊作が続いているって。悪天候もなく、船乗りたちが大喜びしているって聞いた)

 たまたまかもしれない。それでも、元侯爵令嬢であるカティアにとって、それがどれほど特殊なことかはよくわかっている。

(――でも、私にはもう、ラピスしかいないの)

 国に報告するということは、すなわちラピスとの別れだ。
 あの子は確実に国に取りあげられるだろう。
 侯爵令嬢だったエルカティア・イヴ・リーヴスならまだしも、今のカティアでは、あの子とともに生活する権利を失う。
 そんなことは耐えられない。
 この愛らしい瑠璃色の瞳がキラキラ輝くのを、もう見られなくなるだなんて、どうしても認められなかった。
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