顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

(3)四年 ※セオ視点


      ◇◇◇

 ――まもなく四年。

 気が遠くなるほどの時間が経っても、セオの執務机の隅には、あの水色の守り袋が変わらず置いてある。
 もう加護の力は残っていない。ただの布きれと言ってしまえばそれまでだが、手放す気にはなれなかった。

 手に取ればあの夜の記憶が蘇る――なんて、ただの願望でしかないと、セオは痛いくらいに自覚している。

(イヴ……)

 四年という月日は、あまりに長すぎた。

 声はもうおぼろげだ。日に日に薄れていく記憶を忘れないようにと、何度繋ぎ止めようとしても、時間というのは無情だった。曖昧になっていくイヴの輪郭をなぞるように、守り袋を握りしめることしかできない。

(どうして、あの日の俺はあんなに酒を入れていたのか)

 酒のおかげで、自分の衝動に素直になれた。だから、彼女を繋ぎ止めようと必死になれたし、甘い夜をともにできた。

 でも、残酷なことに、酒が入っていたせいで、彼女の記憶が曖昧な部分もあるのだ。不甲斐ない自分に怒りすら覚える。
 そして、時間というのは容赦なく、外部からもセオを追い詰めた。

「陛下。本日も釣書が届いております。今月だけで十七通。累計ではそろそろ――」
「聞きたくない」
「千の大台が見えてまいりました」
「聞きたくないと言ったぞ、レスター」

 セオが机に突っ伏すと、レスターは淡々と釣書の束を机の端に積み上げた。
 この国の貴族たちからはもちろんだが、諸外国の公爵、あるいは侯爵令嬢。そして王族からも縁談がいくつも舞い込んでいる。
 いちいち断りを入れることすら面倒ゆえ、レスターなどは早く決めろと煩い。

「現実から目を逸らしたところで、釣書は消えません。むしろ増えます」
「呪いか?」
「貴族社会の常です」

 四年経っても、このやり取りは変わらない。むしろレスターの圧は日に日に増している気もする。

「改めて申し上げます。正妃の座はお心に決めた方のために空けておくとしても、側妃だけでも迎えられてはいかがですか。それだけで、この紙の山は半分になります」
「いらん。形だけの側妃でも、イヴに会ったときに顔向けできないだろうが」
「四年、見つけられない方への顔向けよりも、今この瞬間の国政にお心を砕いていただきたいのですが」

 あまりに正論すぎてなにも言い返せない。
 セオがぐうの音も出ずに黙り込んでいると、バルコニーのガラス扉がコンコンコンと鳴った。

「――フロゥか。入れ」
「っス。ただいま戻りました」

 旅装束のまま軽やかに窓から侵入してきたフロゥに、レスターが眉間に皺を寄せる。

「扉があるでしょう、扉が」
「いやー、今日はちょっと急ぎだったんで。って、うわ、また釣書が増えてるじゃないスか」

 四年間、国中を駆け回ってくれているのはフロゥだ。
 彼の密偵としての腕は確かで、それらしい情報があれば、どんな辺境でも足を運んでくれている。それでも見つからないのだから、本当にイヴはどこに消えてしまったのか。

「で、今回の調査は?」
「んー……北部の伯爵家に、ちょっと気になる令嬢がいたんスけど。調べたら全然違いました。髪色も瞳も合ってたけど、所作が全然ダメ。あの手跡の美しさは出せないっスね」
「そうか」
「まあ、髪や瞳の色は変えていた可能性もあるっスけどね。とにかく、もう少し範囲広げてみます」

 フロゥの声にはいつもの軽さがない。最初の頃は面白がっていた節もあったが、四年も付き合ううちに、さすがにセオの苦しみが伝わったのだろう。
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