顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「グレンソン公爵、ひとまずロニーは王家で保護する。それでいいな?」
「え……」
しかし、反射的に声を漏らしたのはアビゲイルだった。
「陛下、わたしは――」
そこに自分が含まれていないことを疑問視したのだろう。
しかし、そのたったひとつ、控えめながらも縋りつくような反応にセオの中の疑念は膨らむばかりだ。
(イヴ、か……?)
ロニーの心配より自分。その違和感がセオの心にはっきりと刻まれる。
「陛下、ロニーはまだ貴族社会にも慣れておりませぬ。母親と引き離すのはあまりに不憫です」
「ではなにか。ロニーだけでなくアビゲイルも王家に迎え入れよと?」
「それもよいですが、陛下。まだふたりとも、陛下の前に出せるほどの作法を身に着けておりませぬ。まずは我が家で、陛下の隣に立つに相応しい人物として育て上げたいと思います」
「卿がか?」
「養子縁組をした責任もございます。必ずや、王妃となるに相応しい娘になるよう、しっかり教育を施しましょうぞ」
「…………」
セオは口を閉ざした。
アビゲイルの所作は、すでにそれなりに整っている。
カーテシーの角度、手の組み方、目線の落とし方。どれも養子になって半月で身に付くようなものではない。
まるで教わるまでもなく、生まれながらにそうであったかのような自然さ。イヴも確かにそうだったが――。
(違う)
いつものセオならとっくに突っぱねていたと思う。
でも、ロニーに『星の子』の可能性があるからこそ、安易にそれができなかった。
『星の子』を騙るのは重罪だ。しかし、それが判別するまで時間がかかりすぎる。
(ロニーに御印が出るまで、待つのか……?)
あと二年、長ければ四年。この違和感と向き合い続けなければいけないというのか。
(相手がグレンソン公爵でなければ、まだやりようがあったが)
ひとまず、王家で預からなくていいなら、その方がいい。本当は王家で監視するべきだとわかっていても、セオの気持ちがそれを拒絶した。
アビゲイルの側にいたくない。心が障壁を張り、彼女の存在を突き放す。
もちろん、アビゲイルがイヴ本人であったとしたら、あまりの所業であると自覚しているけれども。
「わかった。ふたりはグレンソン公爵に預けよう」
「承りました」
「ただし、アビゲイルを王妃とするのは話が別だ。彼女の処遇は保留にする」
冷たく突き放すと、アビゲイルがビクリと身体を震わせた。
「え?」と切なげな声が漏れている。本当に彼女がイヴならば、セオの対応はひどいものなのだろう。
(でも違う。この反応は違う。こんな怯え方を、まるで自分のことしか考えていないような反応を彼女はしない。もっと温かくて。自分じゃなくて、話している相手をさり気なく気遣ってくれて――)
「陛下」
思考に耽るセオを、グレンソン公爵が引き留める。
「しかし、それでは陛下を想って貴族になると決意したアビゲイルがあまりに憐れです。確かに出会いは四年前。気持ちは移ろうものではございますが、アビゲイルとロニー、それぞれと過ごす時間をとってやってはくださいませんか」
グレンソン公爵の言い分はもっともだ。
セオは渋々ながらも、国王としてそれを了承するしかなかった。