顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
期待でキラキラと輝く瞳を見つめながら、カティアはそっと目を伏せる。
――先日の一件の後。
そう、ラピスが魔力を暴走させたあの一件だ。
カティアは彼と、ひとつだけ約束をした。
『いい、ラピス? 怒ったりびっくりしたりしたときに、身体のあちこちがぐるぐるーって変になっちゃうことあったでしょ? そのときはね、まず、大きく深呼吸するの』
得意の数字を数えるのもいい。いち、に、さんと数えるうちに心が落ち着くから。
そうして魔力を霧散させれば、御印が光ることもない。
(もどかしいわね……)
三歳の子供に、それ以上の説明は難しい。でも、御印がバレることももちろん、魔力の暴走は周囲の人に危害を加える可能性だってある。
『他の子たちが、怖いって泣いちゃわないように、ぐるぐるはお腹にしまっちゃうの。――できる?』
ラピスはこくんと真剣に頷いてくれた。
あの日、カティアが馬鹿にされてラピスは心から怒ってくれた。けれど、わけのわからない衝動で友達を怖がらせたのも事実だ。それはつらかったのか、とても落ち込んでいたから。
もうあんなことはしない。みんなと仲良くする。そう約束してくれたこの子を信じよう。
(でも……)
ひとつ、気になる噂がある。
不参加が続いていた新国王が、今年は足を運ぶ予定があるのだとか。
即位から三年半ほどになるだろうか。国政も落ち着いてきたため休暇も兼ねての長期滞在になるとか、例の初恋の相手を探すためにこの街を拠点にするつもりだとか、実はもうその相手が見つかっていて婚前旅行のためとか様々な噂が飛び交っている。
(セオ)
本当に、セオなのだろうか。
もう四年だ。彼の見た目が――いや、なによりもあの声が、記憶から遠ざかっていく。
ラピスの面差しに父親の影を探して記憶を繋ぎ止めようとするも、そのたびに胸が軋む。だから結局、忘れようと自分に言い聞かせて終わるのだ。
その不毛な繰り返しに、もう心が疲れていた。
(でも、どうせ陛下がお越しになっても、会うことはないでしょうから)
オープニングセレモニーに行けば、一方的にその姿を見られるかもしれない。
でも、きっと溢れんばかりの人だろう。そんな場所にラピスを連れて行くのは憚られるし、なによりもカティア自身が怖い。
(陛下がセオだってわかったからって、なんだと言うの)
もう、全て終わったことだ。
むしろラピスを知られるわけにはいかない。だから、どうあっても近寄るべきではない。
そう気持ちに蓋をして、カティアは祭りの準備に没頭した。