顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(2)国王陛下がやってきた
そして迎えた、海商祭初日。朝から街は人で溢れ返っていた。
ノーラの雑貨屋も、開店と同時に戦場と化している。
今日ばかりはカフェスペースはインクと絵はがきの実演販売専用にして、カフェはおやすみだ。でも、ノーラ特製の焼き菓子は販売しており、お店の中は甘い匂いに包まれている。
「いらっしゃいませ! ――あ、すみません、守り袋はそちらの棚のもので全部です」
「カティア、レジお願い! あたし焼き菓子追加してくる!」
「はーい!」
ノーラと声を掛け合いながら、カティアは目まぐるしく動く。
代筆コーナーも予想以上の盛況ぶりで、あっという間に行列ができた。
「この海の絵はがきに、妻へのメッセージをお願いできるかい」
「もちろん。どんな言葉を添えますか?」
船乗りらしい日焼けした男性の、照れくさそうな口上を聞き取りながら、カティアはすらすらとペンを走らせる。
海のイラストと濃淡が馴染むよう、コバルトブルーのインクで文字を綴っていく。その流麗なカリグラフィーに、男性は目を丸くした。
「こりゃあ驚いた。こんな小洒落た土産物になるとは」
店内にはカラーインクの見本も並べてあり、珍しい色合いに足を止める客が後を絶たない。このインクで手紙を書いてみたいと、透かしの入ったレターセットも飛ぶように売れている。
狙い通りだ。女性だけでなく、男性客も、それから国外の観光客まで足を踏み入れ、興味深そうに商品を見ていく。
「いらっしゃいませ!」
その合間にも、ラピスの元気な声が響く。お客さんが来るたびに入口でぴょこんとお辞儀をする彼に、皆、相好を崩した。
そうして昼を過ぎた頃、ようやく客足が少し落ち着いた。
「――ふう。午前だけでこの売れ行き、過去最高かも」
ノーラが額の汗を拭いながら、満足げに笑う。
「カティアのインク実演、大当たりだね。午後はもっと混むかもしれないけど、父さん母さんに応援も頼んでるからさ、あんたたち、お祭りに出てきたら?」
「え、いいの?」
「初日でインクが全部捌けちゃったら、明日からどうするのさ」
それは、ノーラの言うとおりだ。
カラーインクだってそうたくさん仕入れられるものではない。今の在庫が捌けてしまったら、次の仕入れは祭りの後半になってしまう。
「それに、あんた朝からぶっ通しじゃん。――ラピス連れてさ、少しはお祭り回っておいでよ」
自分の名前が聞こえたからか、向こうで銀色の頭がぴょこんと跳ねた。
「おまつり!? いっていいの!?」
「はは、ほら、この顔。行ってきなよ」
ノーラに背中を押される形となり、カティアはラピスと手を繋いで店を出た。