顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
表通りに出た途端、祭りの熱気が肌に押し寄せる。
遠くから陽気な笛と太鼓の音色が風に乗って届き、商店街の呼び込みの声がそこかしこで威勢よく響いていた。
ラピスはカティアと繋いだ手を振りながら、ずっときょろきょろしっぱなしだ。
「かあさま、おふね! うみのほうにいきたい!」
「そうね。見に行きましょうか」
気を緩めたらすぐ駆け出して行ってしまいそうなラピスを繋ぎとめながら、通りを曲がる。
船が見える臨海公園は目と鼻の先で、皆もそちらに向かっているようだ。
そのときだ。雑踏の中から、若い娘たちの弾んだ声が耳に飛び込んできて、足を止める。
「ねえ聞いた!? 今日、本当に陛下がいらっしゃるって!」
「今までお顔もわからなかったけど、すっごく若くてイケメンなんだって!」
「嘘! 見たい見たい! 臨海公園でしょ!?」
ああそうだ。もうすぐ、国王が挨拶をするという時間なのか。そのすぐ後に、汽笛が鳴るセレモニーがあるはず。
弾ける笑顔のラピスとは裏腹に、カティアの表情は翳った。
「かあさま?」
「あっ、ごめんね。すごくたくさんの人だから、かあさまも驚いちゃって」
「ぼくがいるからこわくないよ!」
「そうね。ラピスが守ってくれるもの」
なんて笑い合いながらも、カティアの心は全然穏やかではない。
(――陛下が、この街に)
わかっていた。けれど、こうして生の声で聞くと、急に現実味を帯びてくる。
ラピスの手を握る指先に、無意識に力がこもった。