顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(3)人混みの中の出会い
ラピスが望むままに祭りを楽しんでしばらく、鐘撞き塔から響く時を告げる鐘にハッとする。
「え!? もうそんなに時間経っていたの!?」
カティアは弾かれたように顔を上げた。
少しだけお祭りを楽しむつもりだったのに、気がつけばいい時間だ。いくらノーラの両親の手助けがあったとしても、忙しくしているはず。
「ラピス、そろそろ帰るわよ」
「え? もっとあそびたい!」
「明日からもお祭りは続くからね、少しずつ見てまわりましょ? ――ほら、ノーラにお土産も買ったでしょう? 届けに行きましょう」
そう告げると、お土産の存在を思い出したのか、ラピスがぴょんと飛び跳ねる。
「ノーラちゃんにおみやげ! はやくわたさなきゃ!」
カティアからは、出店で見つけたキラキラ白い砂が美しい異国の砂時計を、そしてラピスからは目に入ったお菓子を片っ端から購入し、お土産にした。
ノーラはお菓子の研究にも余念がなく、他の店がどういう新商品を取り扱っているのか興味津々だったからだ。
使命感に満ちた目をしたラピスの手を握って、足早に公園を突っ切る。
「かあさま! はやくはやく!」
丁度公園の入口付近に差しかかったところで、人が多くなった。
同時にざわめきも大きくなっている気がするが、ラピスが器用にも人を縫うように駆けるものだから、ついて行くのに必死だ。周囲を気にする余裕がない。
「わっ!?」
そうするうちに、ラピスがドンッ!と誰かにぶつかった。
「っ!?」
男の人だろう。驚く様な息づかいが聞こえたが、すぐに他の人に押し流されて顔を見る余裕もなかった。
「ごめんなさい!」
大きく謝罪の声だけ伝え、そのまま人混みに流される。
「待ってくれ!」
切実さを滲ませた声が聞こえた気がしたが、今のカティアはそれどころではなかった。
そうして、声の主を見ることもなく、ノーラの雑貨屋へ帰っていったのだ。