顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(4)あの姿は… ※セオ視点
◇◇◇
時間は少し遡り、海商祭初日のオープニングセレモニーが終わった頃。
セオはため息まじりに、マントの留め具を外した。
肩から滑り落ちたのは、濃い蒼のマントだ。夜空に浮かぶ星の様な色彩は、まさに『星』を宿した王族らしい一枚だ。
その下に現れたのは白地に金糸の刺繍が施されたコート。中には白のドレスシャツにシャンパンゴールドのベストを重ね、同じく濃い蒼のアスコットタイ。さらにダイヤモンドのタイピンがきらめいている。
控え室に戻るなり、セオはコートを適当にレスターに手渡し、自らはソファーに腰掛け深く息を吐く。
「公務は終わった。今から俺は休暇だ」
「御意」
レスターが淡々と受け流す。慣れたものだ。
即位してから約三年半、目まぐるしくてずっと欠席が続いていたが、ようやく海商祭に顔を出せた。民もセオの参加を大いに喜んでくれ、素直に喜ばしいと思っている。
ついでに、忙殺され続けたご褒美として、数日の休暇も兼ねている。正確には、フロゥの調査に進展があり、セオもこの目で確かめようと前のめりでやってきたのだ。
レスターとフロゥ、それから気心の知れた腹心のみ連れ、気楽な旅になるつもりだった。――が、土壇場で全てがひっくり返った。
「全く。どうしてあの女が来るんだ」
礼服に合わせて後ろに流していた髪をガシガシとかき混ぜる。
アビゲイルとロニーのことだ。
グレンソン公爵預かりとなったふたりは、当然王都に残っているはずだった。それが蓋を開けてみれば、直前になって参加を希望してきたのである。
「グレンソン公爵からの申し出を無下にするわけにも参りません」
「それはわかる。だが――」
セオの表情がわかりやすく不機嫌に染まる。
レスターはなにも返さなかった。セオの気持ちに共感したとして、立場上言えないのだろう。
グレンソン公爵だけではない、他の貴族も、こぞってアビゲイルをセオの妃にと押してくる。
グレンソン公爵は、なにも知らぬ貴族たちを味方に付けるのが上手い。ロニーという存在もいるせいで、安易に突っぱねられないところも厄介だ。
いつもそうだ。ロニーはともかく、あの女は控えめな素振りをみせながらも、押しが強い。一歩引いた風で、他者が動いてくれるのを期待している。
自分は発言する勇気はないくせに希望だけを叶えたがるというか、矢面に立たないのに利だけ得ようとする。
歯に衣着せぬ言い方をすれば、本質の部分に卑怯さを感じる。
ともに過ごしたとて、楽しくはない。
(イヴである証拠を求め、守り袋をねだっても、頑なに理由を並べて逃げるしな)
――つまり、そういうことだ。セオの中ではおおよそ結論は出ている。