顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(コラーロ通り――)
蒼みを帯びた銀髪が吹き込む海風に靡く。
裏口から出たというのに、セレモニー後の人出は凄まじい。祭りの余韻に浸る人々が溢れかえり、まともに歩くことすら難しい。
そんな中を、先ほどまで演説していたであろう男が駆け抜けているのだ。
「え?」「まさかね?」という声が飛び交うも、気にする余裕はない。セオは人の波を掻き分け、公園の入口付近まで辿り着いた。
(コラーロ通り、どっちだ――)
きょろきょろと辺りを見回す。土地勘がない。案内板を探そうにも、人が多すぎて周囲がよく見えない。
――と、その背に、ドンッ!と衝撃が走った。
「わっ!?」
子供特有の高い声だ。振り返ると、小さな男の子がセオの脚にぶつかり、よろめいている。
その姿が、やけにゆっくりと目に映った。
蒼みがかった銀色の髪。
非常に珍しい色彩だ。パッとこちらを見上げる瞳に、ラピスラズリの輝きを見る。
心臓が、大きく跳ねた。
だが声をかける間もなく、その子供は人並みに流される。同時に、その子と手を繋いでいた女性に目がいった。
「ごめんなさい!」
流れを押しとどめるのは難しく、すぐに顔が見えなくなる。
けれど、わずかに捉えた横顔に、おぼろげな記憶が重なった。
(どうしてだ)
ミルクティーベージュの柔らかい髪が揺れていた。瞳は、アクアブルーだったように思う。
違う。色彩が違う。記憶の中のイヴと一致しない。
なのに、目が離せなかった。
この人混みの中、彼女だけがまるで違う光を纏っているかのように、鮮明に浮かび上がった。
雑踏に溢れる無数の人間の中で、ただひとり、彼女だけが。
四年前の夜。場末の酒場で初めてイヴを見つけたとき。酔いどれ客の中にただひとり、鮮やかに映ったあの瞬間と同じ――。
「待ってくれ!」
気がつけば叫んでいた。
しかし女性は振り返らない。小さな男の子の手を引いて、人波に紛れていく。ミルクティーベージュの髪が一瞬だけ揺れて――消えた。
咄嗟に追おうとするも、後ろから腕を掴まれる。
「ちょっと! なにやってんスか!」
息を切らしたフロゥが、呆れと焦りが入り混じった顔で立ちはだかった。
「そんな格好で飛び出して、めちゃくちゃ注目浴びてるの気付いてます? 戻ってください。このとおり! お願いしますから」
彼らしくもなく、切実に訴えかけてくる。
「フロゥ、今の見たか。親子連れだ。銀髪の男の子と、ベージュ髪の母親――」
「見てないっス! こっちは陛下追いかけるので精一杯だったんで!」
フロゥに腕を掴まれ、半ば引きずられるようにして人混みから離脱する。
それでもセオの視線は、親子が消えた方角に縫い止められたままだった。
あの銀の髪。
そして母親の――髪も瞳も、なにひとつ同じではないのに、目を奪われたあの感覚。
でも自分だってそうだった。魔力さえあれば、色彩は変えられる。
(……もしかして)
胸の奥が、じくりと疼いた。
期待してはいけない。駄目だったときに、もう落胆したくはないから。
でも、どうしても期待を止められない自分がいる。
(コラーロ通りの雑貨屋――)
拳を握りしめる。
いや、わかっている。そんな偶然あるはずがない。
でも、守り袋。銀髪の子供。そしてあの女性。全てが繋がっている気がしてならないのだ。
ただの希望でしかないかもしれないけれど、それでも。
セオは諦めきれぬまま、雑踏の向こうを見据え、拳を握りしめた。