顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(5)日常に戻るだけ
◇◇◇
ようやく人混みを抜けた頃には、カティアの額にうっすら汗が滲んでいた。
人がまばらになっていたから、完全に油断していた。入口付近だけ妙に込んでいて、ラピスとはぐれてしまいそうだった。
しっかり繋いだ小さな手の存在を確かめながら、カティアはほぅ、と息を吐く。
誰かにぶつかってしまったのに、ろくな謝罪もできなかった。自分の中で反省会をしていると、ラピスがくいくいとカティアの手を引く。
「かあさま、あのね」
ラピスの方はと言うと、いまだ興奮さめやらず、祭りの余韻に浸っているようだ。
「さっきぶつかったひと、ぼくとおなじかみとおめめしてた!」
「……え?」
「ぎんいろのかみで、おめめもおなじいろ! はじめてみた!」
嬉しくて堪らないのだろう。世紀の大発見とばかりにはしゃいでいる。
確かに、銀髪に瑠璃色の瞳という組み合わせはごく稀だ。濃い青系統の瞳は、微妙な色彩変化がありつつそれなりに見かけるも、銀髪はほとんど見ない。
不思議な偶然もあるものだと微笑みながらも、胸の奥が微かにざわついた。
けれど、それ以上考える暇はなかった。店に飛び込み、ノーラに感謝と謝罪を告げた後、仕事に戻る。
ノーラは「そのつもりで送り出したから!」と笑いとばしながら、ラピスの手渡したお土産にも大層喜んでくれた。
そうするうちに、小さなざわめきは、忙しさの中に紛れて消えていった。