顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

「あ、いえ……その」
「作れるんだな?」

 ラピスが男性の足元で顔を上げ、力強く何度も頷く。

「うん! かあさま、すっごいじょうずなの!」

 代わりに返事をされてしまっては、もう誤魔化しようがない。

「ええと、いちからになりますので、少しお時間が――一週間ほど」

 本当はそんなにかかるはずがない。それでも時間稼ぎをするしかなかった。
 相手が本当に国王だとすれば、長期滞在はありえない。これで逃げ切れると踏むも、すぐにカティアは頭を悩ませることになる。

「一週間か。ちょうど滞在しているな」
「え?」
「その間にどうにかならないだろうか」

 いくら海商祭と言えども、一週間。まさかそんなに、と思うも、もう遅い。

「どうしても欲しいんだ」

 男性は長い足で店内を闊歩し、カウンターに近付いてくる。そうしてカウンターに手を置き、カティアの顔をじっと見つめた。
 ああ、やっぱりこの目だ。間違いがない。彼がセオだ。

「セオという。――君は?」

 ほら、やっぱり。
 名乗られて、諦念する気持ちが強くなる。
 どうしてだろう。もう、逃げられないような気がするのは。

 まだ自分がイヴであるとはバレていないはず。四年も経っているのだ。あんな一夜の相手など、彼にはごまんといただろう。いちいち相手の顔など覚えていない、と思いたい。

 それでも頑なにこちらを見定めようとしているのは、ラピスを見たからか。
 震える手を、気取られないようにぎゅっと握り込み、カティアは微笑みを浮かべた。

「カティアと申します」
「カティアか」

 その瞬間、セオの表情がふっと緩んだ。同時に、カティアの胸がとくんと高鳴る。
 どうしてそんなに優しい瞳を向けてくるのだろう。カティアを疑っていないのだろうか。

「込み入ったことを聞くが、カティア、君の夫は――?」
「だめ!」

 マズい、と思った瞬間、ラピスが血相を変えてこちらに駆けつけて来た。
 先ほどまでは懐いていたはずなのに、サッとセオの身体を後ろに引っ張り、カティアの前に滑り込む。
 そして両手を広げ、キッとセオを睨みつけた。

「そのはなし、だめ! かあさまがかなしむ!」
「ラピス……」

 カティアの気持ちを慮ってくれたのだろう。
 実際、こうした場面は過去に何度もあった。三歳の子がいるのに、父親の姿が見えない。外から来た母ひとり子ひとりの家庭となれば、様々な憶測を呼ぶのも当然だ。

 カティアはそれなりに見た目が整っているからか、男性に声を掛けられる機会も多い。「旦那はいないのか?」と不躾な質問をされるのも頻発していた。
 そのたびに、カティアは過去の出来事を思い出し、どうしても表情が翳る。
 幼いラピスからすると、配偶者の話題は母親を悲しませる引き金であり、警戒の対象となるわけだ。

「っ! すまない。不躾な質問をした」

 セオはサッと身を引くと、カティアに対して丁寧な謝罪をする。
 いち国王陛下が民に頭を下げるなんてと信じられない気持ちだが、こういうところもセオらしい。四年前とちっとも変わっていなくて、カティアの心を静かに揺らした。

「大丈夫です。夫は、この子が産まれる前に、船の事故で命を落として……」

 セオの瞳が大きく揺れた。

「っ、そう、だったのか。――本当に、申し訳ない質問をした」
「いえ」

 なんとも気まずい空気が流れる。
 セオはもう一度頭を下げ、それでも、と言葉を続ける。

「どうしても、君の守り袋がほしいんだ。なんとかならないだろうか?」

 胸が軋んだ。
 本当は断るべきなのだろう。でも――。

「ひとつだけなら、なんとか」

 口を衝いて出た言葉に、カティア自身が一番驚いていた。


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