顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「男と遊び歩いているなど、淑女として恥ずかしいと思わないのか!?」
「そのような事実はございません!」
顔を上げた。
だって、心外だ。パンッと己の胸に手を打ち、カティアは主張する。
「王太子殿下との婚約が内定している身、交友関係は十分に気をつけて参りました」
「普段の言動に気をつけさえいれば、決して立てられることのない噂だろう!?」
「いいえ、これは悪意によるものです!」
王太子妃としての婚約が内定していたといっても、婚約式自体はまだだ。高等学校卒業後に正式な婚約、さらに結婚はその一年後を予定している。
だから、周囲の貴族たちはまだ蹴落とすことが可能だとばかりに、カティアに都合の悪い噂を立てる。
「ならば余計に恥じるべきだ。その程度の悪意、自らはね除けられないとは恥ずかしい」
父の主張もわかる。脇が甘いのはカティアの落ち度だ。
でも、どうしても興味が持てなかったのだ。身分の高い男子の関心を奪い合い、気に入らない相手の噂話に花を咲かせる。そういった遊びを、一緒に興じる気になれなかった。
それに、真面目に過ごしていれば、そのうち誰かが正しく認めてくれるだろうと、甘いことを考えていたのかもしれない。
「所詮『夢喰(バク)』に取り憑かれた娘ということか。お前、外で『夢喰』持ちであることを言っていないだろうな」
「お父様のご命令通り、御(み)印(しるし)はないものとしております」
――結局これだ。
カティアに『夢喰』の御印があるかぎり、父が認めることなど決してない。血は繋がっていようとも、本当の意味での家族になんてなれようもない。
(御印って、本当はありがたいもののはずなのに……どうして、私だけ)
もやもやした想いを噛みしめながら、カティアは手を当てたままの胸に意識を向けた。
普段はなにも見えないが、魔力を込めると、カティアの場合は胸元に特殊な御印が浮かぶ。それは神に授かった特殊な加護だ。
御印と呼ばれるものは、おおよそ数千人にひとりという極めて稀な割合で授けられる。この世界を創造せし数多の神が、気まぐれに人間に与えるとされており、カティアがそのひとりだった。
しかし、よいものも、わるいものも、世界を創造せしものであれば総じて神と呼ぶ。ゆえに、悪戯好きの妖精や、妖魔ですらも御印を授けることがある。
夢喰は低級妖魔で、おとぎ話の中で人を夢の世界に引きずり込む存在として描かれることが多かった。
ゆえに天秤を司る家紋のリーヴス侯爵家としては「我が家門にあるまじき、禍々しい御印!」と決めつけ、教会に金を積むことによって、その事実自体もみ消したのだ。
同時に、そんな忌むべき御印を授かってしまったカティアに対し、道を踏み外さぬようにと尋常ではない厳しい教育を施した。
カティアは、夢喰のことを人の悪夢を食べてくれる神獣だと思っているが、父はそうではない。まるでカティアが穢れた存在であるかのように罵り、目に入れることすら厭う。
母が亡くなってからは尚更だ。母はカティアが『夢喰』の御印を授かってしまったことで塞ぎがちになり、儚くなった。それをお前のせいだと言わんばかりに、父はカティアを責める。
ただ、道具としては使えると判断されたらしい。だからカティアは、あの王太子の婚約者に推薦された。
もちろん、夢喰はないものとされて。
教会への献金により、公式の記録にすら残されていないはず。それもこれも、目の前の父がカティアの御印を認めようとしなかったからだ。
「呪われた子を持った親の身にもなれ」