顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
疑心暗鬼。でも、もう後戻りはできない。
必死でマナーを叩き込み、死に物狂いで優雅に振る舞った。
発声、発音全てを矯正しながら二年経ったころ、今度は幼子を押し付けられる。当時二歳足らずだったその子供の母親となれ、と。
ロニーと名付けられたその子は、銀の髪と瑠璃色の瞳を持っていた。
――その時にはもう、グレンソン公爵の目的は見えていた。
リーヴス侯爵令嬢は婚約破棄され、当時すでに戴冠していた若き王セルジュリウスにはひとりの妃もいなかった。
しかし、彼には深く愛した女性がいたのだという。
アビゲイルは知っている。あの夜、イヴと名乗ったエルカティア・イヴ・リーヴスと、セオと名乗っていたセルジュリウス・オルト・イヴォン・シュタルドが邂逅していたことは。
馬鹿な話だ。あのふたりは互いが婚約者同士だとも気付かず、道ならぬ恋に溺れ、一夜、道を踏み外したと勘違いをした。そのままリーヴス侯爵令嬢は追放されたときた。
でもそこでだ。イヴを名乗るアビゲイルが出てきたらどうする。しかも、銀髪に瑠璃色の瞳を持った男の子を連れてだ。
四年前の馬鹿げた一夜の相手に成り代われと、グレンソン公爵は言っているのだ。
そうして血を吐く努力をしながら、ロニーとふたり、貴族の親子としての立ち振る舞いを身に付けて――。
先日、ようやく公爵の養子として世に出ることを許され、セオと引き合わされたのだ。
久しぶりに見たセオはやはり素晴らしかった。
濡れ羽色の黒髪は、色を変えていたらしく、本来は艶めく冬の月のような銀色。瑠璃色の瞳も、やはり本物は違う。くすんだロニーのものよりもずっと深く、宝石の様に美しかった。
ふと見せる憂い顔も、立ち居振る舞いも全部、アビゲイルが憧れたセオそのもの――いや、四年前よりもずっと大人っぽく美しくなっていた。
そんなセオに、婚約者候補として紹介されたときは胸が躍った。
もう、この人はアビゲイルのものだ。この国で最も力を持ったグレンソン公爵の養子。さらに、セオの子と言われるロニーまでいるのだ。断りようがない。
『星の子』の真偽が定かになるのは、あの子が七歳になるときだ。いずれ真実が暴かれる可能性はあるが、グレンソン公爵はそれに対してもすでに手を打っているという。
あとはもう、待つだけ。そうすれば、憧れのセオと、しかも国王となった彼と結婚ができる。
イヴとか名乗っていたリーヴス元侯爵令嬢なんて目ではない。アビゲイルはこの国の女性の頂点に立てるのだ。
ああ、高慢ちきな他の貴族令嬢の顔も見物だ。
(なんて。喜んでばかりはいられなかったけどね)
この数年で、アビゲイルも貴族らしい物の考えがわかるようになったと思う。
自分はグレンソン公爵の駒でしかない。いずれ切り捨てられる可能性だってある。
だから自分にできるのは、グレンソン公爵でも手を出せないような地盤を固めること。
そのためにも、セオの寵愛は必須だった。