顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(でも大丈夫よ。あたしはここまで努力したんだもの!)
このレイネの街に着いていきたいと言っても、セオは断らなかった。
彼はいつだってアビゲイルのわがままを聞いてくれる。もちろん諫められるときもあるけれど、それでも強引に退けはしない。
(……あの娘の本当の正体にも、気付いてないようだし)
訝しんでいるようだが、確証は持てていないのだろう。
「ふう」
長い回想を終え、アビゲイルはペンを止めた。
内容に間違いがないか、最後にしっかりと目を通す。
限りなくイヴに筆跡が近くなるよう、毎日のように練習をした字だ。
でも、さすがに字は、四年では付け焼き刃だった。いまだに彼女のようにはできなくて、いくらセオに守り袋を作ってみろと言われても、のらりくらりと逃げ続けていた。
どれだけ頑張っても、まだあの女に追いつけない。それがあまりに腹立たしく、眉間に皺を寄せる。
書き上げた便箋を折りたたみ、封蝋を落とす。そして震える指先で印を押し、封をした。
(グレンソン公爵は、ずっと本物の『星の子』を探していた)
イヴを探すセオと、エルカティア親子を探すグレンソン公爵。グレンソン公爵は、そんな水面下の競争に一歩抜きんでたわけだ。
表ではロニーが『星の子』とされているし、今さらすげ替えはないだろう。
見つけたところでどうするのだ?という疑問は残っているが、グレンソン公爵にも考えがあるらしい。
いつだってそうだ。教えられるのは必要最低限の情報だけ。つまり、信用されていないということだ。
(……まあ、いいわ。あたしだって、利用できるうちは利用させてもらうから)
信用していないのはこちらも同じだ。
手紙を封筒に収め、窓の外に目をやった。
これを送ったところで、あの男がすぐに動いてくれるわけではない。そもそも、王都からレイネまでは馬でも数日かかるから。
(早く動きなさいよ)
正直、一日だって許したくない。あの女がセオと一緒にいるのは。
本当はアビゲイルがあの場所にいるはずだった。
成り代わって、もう、セオに愛されているはずだった。そのために、毎日毎日毎日毎日、あのにっくきリーヴス侯爵令嬢に似た存在になるために頑張ったのに。
――ここレイネに来てから、一層、セオの心が離れている気がする。
だからグレンソン公爵には一日も早く動いてほしい。
そして、あのカティアとか名乗っているリーヴス元侯爵令嬢をどん底に突き落とすべきだ。
苛立ちを噛み殺しながら、アビゲイルはその手紙を秘密裏に送るしかなかった。