顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
第5章 花火の夜にさよならを
(1)ふたりきりのデート
「こんにちは。……早いですね」
「すまない、急きすぎたか?」
祭り九日目、フィナーレを飾る大花火の日となった。
せっかくだからランチ前に迎えに来る、と言っていたが、セオが迎えに来たのはそれよりもかなり早かった。
艶やかな黒髪を気恥ずかしそうに後ろに掻き流しながら、そわそわ店内に入ってきたのだ。
今日の彼は白いリネンのシャツに、サンドベージュのベスト。さらに同色の薄手のコートを重ねている。チャコールグレーのパンツを合わせた彼の装いはどこからどう見ても街の青年だ。
小洒落ているが、あくまで庶民そのもの。なのに、どうしてこう目を引くのだろう。
(……大丈夫かしら、私)
今日はカティアも少しだけ気合を入れた。淡い水色のワンピースは裾が広がる形になっていて、歩くたびにフリルが揺れる愛らしいものだ。そこに白いレースのショールを重ね、できるだけ上品に見えるように仕上げている。
手首には華奢なチェーンのブレスレット。髪も編み込み、白い小花の飾りでまとめている。
でも、セオの見映えがいいだけに、自分が横に並んで違和感がないか、どうしても心配になってしまう。
店内は忙しい時間帯で、ノーラも店先に出てくるくると働いている。女性客がごった返しているこの時間、セオの美貌は否が応でも目立った。
皆の視線が一点に集中している。
「店のこともあるだろうし、早く迎えに来るのもどうかとは思ったんだが、待ちきれなくてな」
セオは気恥ずかしげに、ぽりぽりと頭を掻いていた。
「さすがに悪いと思って、君の代わりになるかはあやしいが、多分有能な手伝いも連れてきたんだが」
「手伝い?」
きょとんとしていると、半開きだった扉からくすんだ金髪の男性がひょっこりと顔を出した。
「多分ってなんスか! 有能でしょ! オレより使い勝手のいい男、なかなかいませんよ!」
なにやらまくし立てながら、ズカズカと店に入りこんでくるその青年は、セオと同世代だろうか。その勢いに圧倒されてしまう。
「どもども。フロゥって言います。そこにいるセオさんの有能な部下っス」
フロゥと名乗った男性は、カティアと目が合うなり、人なつっこい笑みを浮かべた。
麻のシャツのボタンはふたつほど開けたまま。ブラウンのパンツに濃茶のサスペンダーとかなりカジュアルな装いで、港町の若者そのものだ。
「おじちゃん、だれ?」
しかし、素朴なラピスのひと言で、たちまちフロゥは崩れ落ちる。
「お、おじ……!?」
余程ショックだったのだろう。くわっと目を見開き訴えてくるその姿に、先ほどまでの爽やかさも台なしだ。
「おじちゃん……初めて言われた……おじ……」
なにやら未練がましく、ぼそぼそと繰り返している。かと思えば、涙目になりながら訴えかけてきた。
「ひどいっス。はるばる遠方から呼び出されたと思ったら、こんな扱いなんて」
「遠方?」
小首を傾げると、隣でセオが補足してくれる。
「ああ、こいつは仕事であちこち飛び回っているから」
その説明に、なるほどと頷いた。
表向きには、セオは王都の外の商人として通っている。――裏の顔というか、本業は王様業なわけだから、フロゥは腹心の臣下と見ていいのだろう。かなり信頼しているのが伺える。
「ええ、こうやってこき使われてんですよ」
変わり身が早く、すでにフロゥはけろりとした顔で肩を竦めている。詳しくは語らないが、その口ぶりからして相当な距離を動き回っているのだろう。
「こんなのだけど、こき使っていいから」
セオがあっさりと言い放った。フロゥが「こんなのって!」と抗議しているが、完全に流されている。
「ありがたいのですが……」
カティアは少し言い淀んだ。
気がかりなのは、ラピスのことだ。
昨日のアビゲイルの様子が引っかかる。妙にラピスを凝視していたのが気になっているのだ。だからこそ今、長時間、ラピスのそばを離れるのは不安だった。
カティアの表情を読み取ったのだろう。セオが声を落として言った。
「こう見えてフロゥは用心棒としての仕事もやっていてな。頼りになるんだ」
冗談めかした口調ではない。セオがそう太鼓判を押すなら、間違いないのだろう。