顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして

「こっちのことは任せてって言ったろう? ハラを括って行ってきな!」

 見かねてノーラまで口を挟んでくる。

「うんうん、オレが見とくっスよー! どーんと任せてもらって! ま、仕事は難しくっても、ラピス坊ちゃんのお相手くらいは――」
「ええー? フロゥがー?」

 と、まさかのラピスは不満顔だ。すっかり呼び捨てで、大げさに反応をしている。
 セオによほど懐いているから、どうしても比べてしまっているのかもしれない。

「しょうがないな。ぼくがあそんであげるね」
「ええ!? オレが遊んでもらう側スか!?」
「だってフロゥ、このまちのこと、しらないでしょ」
「まあ、確かに?」
「じゃあぼくがおしえてあげる。いいからついてきて」

 得意げなラピスがフロゥの指を掴んで、ぐいぐいと引っ張っていく。
 ラピスは普段こそ誰にでもお行儀よく懐く子だけれど、フロゥにだけは遠慮がないようだ。態度のせいで、若く見えるからだろうか。もしかしたら同世代の友達か、舎弟くらいに思っているのかもしれない。

「じゃあ、フロゥは今日一日、ラピス係でよろしく。で、そっちは――」

 ラピスに引きずられていくフロゥを見送り、ノーラはこちらに視線を戻す。カウンターに頬杖をつき、思わせぶりな笑顔を浮かべた。

「なんなら、帰ってこなくていいわよ」
「もう、ノーラ!」

 一瞬にして、カティアの頬が真っ赤に染まった。

「ラピスが心配だから、ちゃんと帰ります!」

 久しぶりにこんなに大きな声を出した。照れ隠しもいいところである。
 そうしてようやくセオと向き直った。
 頬がまだまだ火照っている。どうしよう。こんな顔をしていたら、カティアの感情など筒抜けかもしれないのに。

「――じゃあ、行きましょうか」
「ああ」

 セオが嬉しそうに頷いて、扉を開けてくれた。
 外に踏み出した途端、海風がふわりと髪を攫う。眩しさに目を細めると、横から大きな手が差し出された。

「カティア」

 その大きな手に、気がつけば自然とカティアも手を伸ばしている。

「嬉しいな。ようやくだ」

 指先が触れた瞬間、彼がぎゅっと強く握りしめる。
 多幸そうに微笑む彼の表情に、カティアはもう片方の手をスカートのポケットに重ね、握りしめる。そこには今朝仕上げたばかりの守り袋をそっと潜ませていた。

(この、守り袋を……)

 仕上げたまではいいものの、渡すかどうかはまだ迷っていた。
 自分がイヴであることがばれないように、刺繍の癖も、意匠も、中の飾り紙に書いた祈りの言葉の書体も全部変えた。
『夢喰』の力も吹き込んでいない。言わば、偽りだらけの守り袋だ。

 こんなものを渡したところでなんになる、という気持ちが拭いきれず、いまだに結論を出せずにいるのだ。
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