顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(3)発熱
どうやって帰ったのかは思い出せない。
ただ、最後まで送ると言い張ったセオに店のごく近くまでついてきてもらったと思う。
出迎えてくれたフロゥは、自分たちの顔を見るなり、なにかを察したように黙り込んだ。
でも、いつものように、笑ってお見送りできたとは思う。
ありがとう、と。今日は楽しかった。一生の思い出にする。
どの言葉も嘘偽りない真実だ。
同時に、さようならでもあるけれど。
すでに眠くてぐずつくラピスを抱き上げ、静まりかえった部屋へ辿り着く。そのまま寝かしつけようとして――気がついた。
(この子、少し身体が熱くない?)
いつもと環境が違ったから、知恵熱だろうか。
元々ラピスはさほど身体が強い方ではない。
この年まで、まだまだ発熱が多くて、そういう夜はカティアにうんと甘え、わがままを言ってから眠りにつく。
おそらく、持って生まれた魔力の影響なのだろう。それに身体の方が慣れず、熱を出してしまうのだ。
「かあさま、そっちいっちゃやだ。ぎゅっとしてて」
今だってそう。少しでも離れようとすると、ぎゅーってしがみついて離れなくなる。
呼吸をするのすらつらそうで、カティアも胸が締めつけられる想いだ。
セオとの別れに感傷的になる余裕なんてない。ラピスのことが心配で、彼が眠るまでベッドの側から離れられなかった。
(いつもなら、この後、『夢喰』の力で落ち着かせるんだけど)
せめて、いい夢を見られるようにとおまじないだ。
『夢喰』の力は病気に効くわけではない。それでも、少しでも魔力を宥めて、ゆっくり休めるように力を注ぐ。
こうやって、この子が生まれたときから、ずっとずっと側にいた。ラピスが熱を出すたびに、ゆっくり眠ってね。早くよくなってね。そうやってたくさん祈ったら、日を跨ぐころには落ち着くから。
でも、この日ばかりは様子が違った。
「っ、はぁ、はぁ、かあさま……」
「ラピス……!」
熱が下がるどころか、上がるばかりだった。
額が焼き付くように熱く、ラピスはうわごとのようにカティアを呼びながら虚空を見つめている。
カティア自身、平民になってから魔法はあえて使わないようにしてきた。いつ、どんなことから元貴族だとバレるかわからないからだ。
けれども、今はどうこう言っていられない。少しでもラピスを楽にしてあげたいと、氷を生み出しては、氷枕で彼の額を冷やす。
しかし、それすらすぐにぬるくなってしまう始末だ。
「大丈夫。すぐそばにいるからね」
後悔が首をもたげる。だって、もし自分が貴族であれば、すぐに医師を呼べる環境にある。
けれども今は力を持たない平民で、すぐに医療にかかれるわけではないのだ。
「かあさま、かあさま」
ぎゅっとラピスの手を握りしめると、ラピスが微かに瞼を持ち上げ、微笑んだ。
そのときだ。
(――え?)
瞳の奥に、ふたたびあの八芒星が浮かび上がっている。
魔力が安定しないせいなのか。ずっとゆらゆら、浮かんでは消えを繰り返していた。
その弱々しい輝き。今にも消えてしまいそうな魔力の揺れに、かつての記憶が蘇る。
それは、カティアが王太子妃候補として内定したとき。少ない期間で王太子妃教育を叩き込まれている間に学んだ知識だ。
王室に連なる者となるために、最初に『星』について教えられる。
『星』を脈々と繋いでいく特殊な一族は、その一族にしかかからない病があるのだという。
そしてそのひとつ、王室病とも呼ばれる病気は、いまだ『星』の加護に身体がついていかない幼い『星の子』が罹患しやすいという。
長い歴史の中で特効薬はできているが、王室病だと気付かず、ただの風邪だと放置してしまった際、『星の子』が失われた記録もある。
だから『星の子』を産む可能性のあるカティアも、真っ先にその症例を叩き込まれたのだ。