顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「そん、な……!」
悲鳴に近い声をあげた。
ラピスが王室病だとすれば、カティアに治してあげられる手立てはない。
(このままだと、ラピスは……!)
最悪の想像をしてしまい、ぶんぶんと首を横に振る。
(ううん! 諦めちゃ駄目。まだ、手立てはある!)
反省も、後悔も今じゃない。
すぐに動かなければとカティアは立ち上がる。
「かあ、さま……?」
カティアが離れる気配に、ラピスがか細い声を上げた。後ろ髪を引かれる気持ちだが、今、ラピスのためにしてあげられることは全部してあげたいから。
「ラピス、かあさまね、お医者様を呼んでくる」
「おいしゃさま……?」
「ええ。ラピスの病気を治してくれる人。だからね、ここでいい子で眠っていられる?」
汗でびっしょりとした前髪を掻き上げながら、カティアはラピスの顔を覗き込む。
不安に揺れる八芒星が弱々しく翳り、でも、ラピスはくしゃりと笑った。
「ん。ぼく、まってる……」
「ラピス」
「かあさまは、いつも、ぼくをたすけて……くれた、でしょ?」
儚げな笑みだが、確かな信頼を感じた。
怖いだろうに、ラピスはカティアを信じて待っていてくれる。だったら、カティアは一刻も早く、彼のためにお医者様を呼んでこなければ。
「ええ。かあさまが絶対に、あなたを助けてあげる。――それまでノーラを呼んでくるわね」
こんな深夜だ。ノーラに頼るのは忍びない。
でも、なりふり構っていられなかった。お願い。今夜だけは助けてと、カティアはネグリジェの上に厚手のカーディガンだけ着込んで外に飛び出す。
「ノーラ! ノーラ! お願い、助けて!!」
雑貨屋の隣に居を構えるノーラの実家へ向かい、ベルを鳴らした。
深夜にもかかわらず、どうしたと顔を出してくれたノーラに事情を説明する。
「ラピス、そんなに具合が悪いのかい? わかった。お安いご用だよ。あたしが看ておく」
「ありがとう……!」
「でも、こんな時間に医者だなんて……あてはあるのかい?」
そう問われ、カティアはぎゅっと唇を引き結ぶ。
「あるわ」
その相手が誰かわかったのか、ノーラはふと微笑み、カティアの頭を撫でてくれる。
「そう。――あんたのさ、ひとりで生きる覚悟も立派だったけど、頼れるものは頼りなね。案外、大勢の人が見守ってくれていたりするから」
「うん。ノーラ、いつも本当にありがとう! 頼ってばかりでごめん!」
「はいはい。礼はいいから! 早く行きな!」
背中を押されるままに、カティアはすぐに走り出す。
ひとり取り残されたノーラが、「本当に、思っている以上にたくさんの人が見守ってるんだよ?」と呟いた声は、届かなかった。
息を切らしながら、通りを北へひた走る。
セオが国王陛下であるならば、宿泊先の見当はつく。中心街から北へ抜けた先にある、この街一番の宿だ。