顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
それからカティアは、夜通し街を駆け回った。
何件もの診療所を巡り、医師を求めて走り続けた。
けれども深夜に駆け込んでくるずぶ濡れの女を、まともに取り合ってくれる者などいない。
そうしてカティアは、もはや声も出せぬほどに疲弊し、帰宅したのだった。
ずぶ濡れのカティアに驚くノーラに、「医師は、呼べなかったの」と小さく報告したのを覚えている。
ノーラはその想定もしていたのだろう。
憔悴しきったカティアの髪を拭い、着替えを用意してくれた。
「看病、いつでも交替するからね。あんたもすぐに着替えて休むんだよ」
そう言って、カティアの肩を優しく叩いて帰っていった。
――虚ろなまま、よろよろとラピスの側へ歩み寄る。
全身が寒い。それでも、ラピスの苦しみを思えば、こんなものはなんでもない。
ベッドサイドに置いた椅子に腰掛けて、ラピスの顔を覗き込む。
今は眠っているのだろうか。ぽたりと彼の頬に水滴が落ち、カティアは唇を噛む。
「着替えなきゃ……」
ラピスの看病をしてあげることもできない。
でも、ひゅー、ひゅー、とか細いラピスの息が、カティアの心をかき乱すばかりだ。
「ラピス、ごめん。ごめんなさい……」
謝るしかできない自分が情けない。
声にならない嗚咽が、静かな部屋に溶けていった。