顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「え……?」
セオは口を開けた。
意外だったのか、レスターまでもが目を見張っている。
「ノーラさん、陛下に期待しているみたいで。『セオさんに覚えておいてほしい』って言って」
フロゥはその時の様子を、ぽつりぽつりと語り始める。
――それは、遊び疲れたラピスがうとうととフロゥの腕の中で眠ってしまったときだった。
丁度ランチの時間が過ぎたころ。その時には客足も落ち着いていて、店内にはラピスとノーラと、三人だけしかいなかった。
『あのさ。あたしはあの子とセオさんに上手くいってほしいから言うけどさ』
そう言って、ノーラは教えてくれたのだ。彼女の知るかぎりの、カティアの事情を。
とは言っても、カティアが上手に隠し続けたのだろう。詳しくはノーラも知らないようだったけれど。
毎年、同じ時期に決まって、ノーラあてにさる貴族から使者が訪れること。
陰ながら少なくない金額を、彼女に直接手渡していること。
しかし、その貴族が誰なのか、カティアにとってどういう相手なのかはちっともわからないということ。
カティア本人には援助のことを絶対言うなという約束だった。だから、住み込みという名目で家賃の援助にあてたり、食事の援助をしたり、入り用なものを「もらったから」と適当な理由を付けて手渡したり――都度、ノーラの判断で使ってきたということ。
『あたしはね、それ、あの子の父親なんじゃないかって思うんだ』
カティアは、ことあるごとに「父親とは折り合いが悪かった」と言うのだそうな。
自分が不出来だから、親の期待に応えられなくて、悔しく、寂しい想いをしてきたと。だからラピスには、そんな想いさせたくないのに、と。
『父親の愛に強烈に餓えていたのに、愛する我が子に父親がいないことを、あの子、心のどこかでずーっと責めてるんだよ。――本当は、こんな援助をせずにはいられないくらい、愛されてたって言うのに』
父も子も不器用だと嘆くノーラに、当時の使者の話を聞いた。
もしかしたらその使者が、カティアの正体に繋がるかもしれないから。
『え? 使者についてかい? ――あたしは、貴族のことなんてよく知らないし、できれば関わりたくないからさ。家紋? っていうのかい? あれも、よく知らないんだけど』
そう言いながら、その使者が身分の証明に掲げて見せた紋様を、うろ覚えながら教えてくれたのだ――。
「冬菩提樹(リンデン)の葉に……天秤……」
話の結びを聞き、セオは、その家紋を繰り返す。
「冬菩提樹の葉に天秤だと……!?」
「そんな。まさか」
セオだけではない。想定外だったのか、レスターまでもが絶句している。
冬菩提樹自体は、家紋に使われるのに珍しい花ではない。この国でも街路樹でよく見かける木で、家族の象徴ともされている。
しかし、そこに天秤が加わる家紋はひとつしかない。
「リーヴス侯爵家」
そうだ。かつてセオの婚約者を輩出する予定だった、リーヴス侯爵家の家紋だ。確か、その令嬢の名は――。
「エルカティア・イヴ・リー…………え?」
――最後まで、その名を呼ぶこともできなかった。
愕然とする。
だって、答えはこんなに近くにあったのだ。
「エル、カティア・イヴ・リーヴス……?」