顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
彼の謝罪が、カティアの心の奥へと染みこんでいく。
四年間。本当にひとりというわけではなかった。
側にあるラピスの存在は心強くもあったし、ノーラをはじめ、この街の人々は皆温かかった。
大変だったけれど、カティアは日々を懸命に生きていた。そしてそれは、とても楽しい日々でもあった。
それでも。
それでも――側に、この人がいてくれたらと思わない日はなかった。
「…………はい」
ああ、涙で前が見えない。
掠れた声は、彼に届いたのかすらわからない。
「はい。――はい」
涙でぐちゃぐちゃで、きっとひどい顔をしているだろう。
それでもセオは笑うことなく、カティアの涙をそっと指で拭ってくれる。それが擽ったくて少しだけ目を細めると、セオも安堵したようにわずかに頬を緩めた。
「どうかお願いだ。カティア。これからは俺が、君たち親子を護らせてくれ」
「……それは」
何度も思い描いてきた未来がある。
カティアとラピス、ふたりの側にセオがいてくれたらと。
笑っちゃうくらい都合がよすぎる夢だと思っていたけれど――。
「私、ラピスと離れなくてもよいのですか?」
「どうして君たち親子を切り離すと言うんだ」
「だって、そんな。私は、『星の子』を誘拐した大罪人で――」
「『星の子』をたったひとりで護ってきてくれたんだろう? 感謝こそすれ、なぜそれが罪になる」
「とんでもない悪女で」
セオの眉がぴくりと動いた。
「……っ、くだらない世間の噂を信じた俺が馬鹿だった。そもそも、君が悪女なら俺だって悪党だ!」
あまりにも真剣な顔で言い切るものだから、涙で滲んだ視界の中で、ほんの少しだけ笑いそうになる。
「家から勘当されています」
「そのことだが――……あ、いや。それは改めて話すとして」
「?」
なにか言いかけて口を噤んだセオが、気を取り直すように咳払いをひとつする。
「とにかく。ラピスと一緒に王城に住めばいい。君はラピスの実母だ。どうして別々に暮らす前提なんだ」
「ええと、ええと――」
覚悟していた言葉と、あまりにも違いすぎる。処罰も、断罪も、別離も。なにひとつ、この人の口からは出てこない。
――ずるい。こんなの、信じるしかない。
「他には? 他に懸念点はないか? 全部俺が根元からぶった切ってやるから、心配ごとは全部吐き出してくれ。全部だ!」
「もう、ありません!」
観念した。
半ば叫ぶように吐き出されたカティアの本心に、ようやくセオは安堵に目を細める。
ベッドの上では、ラピスがセオと同じ銀の髪を揺らしながら寝息を立てている。
ふと目をやった窓の向こう。
長かった夜の色が、ほんのりと薄くなり始めていた。