顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(3)王都での出迎え
――馬車に揺られて一週間が過ぎようとしていた。
長旅ではあったけれど、不思議と苦ではない。
ラピスが退屈でぐずるたびに、セオと一緒に外に出ては、馬車でなく騎馬で移動してみたり、馬車の中でも英雄譚や冒険譚などを語り聞かせてくれたりと、あの手この手でラピスの気を引いてくれた。
おそらく、自身も幼い頃に父王から聞かされたのだろう。語り口がどこか懐かしそうで、カティアもつい聞き入ってしまうほどだった。
夜は街道沿いの宿場町に滞在したが、その折もセオはラピスを連れて街歩きに出てくれた。三人で夕暮れの市場や露店を歩いて回るのは、楽しくもあり、寂しくもあった。
(王都に着いて、ラピスが正式に『星の子』だと認められたら、こうして一緒に外を歩くのも難しくなるのよね)
『星の子』は二十歳になるまで外に出られない。セオは上手く息を抜く方法を教えると言っていたけれど、それでも自由は格段に減るだろう。
(でも、これで――ううん、これがいいのね)
セオと並んで歩くラピスの横顔を、カティアは眩しそうに眺めていた。父親に甘える顔も、叱られてしょんぼりする顔も、この旅で初めて見るものばかりだった。
(最高の父親を持てて、ラピスは幸せね)
我が子の笑顔を目に焼きつけながら、カティアは静かに微笑んだ。
――そうして、さらに二日が過ぎたころ、馬車は王都に到着した。
王都の空気は、あの頃と変わらなかった。
高い城壁の向こうに広がる街並み。石畳を行き交う人々の喧騒。馬車の窓から見える景色のひとつひとつが、四年前の記憶と重なっていく。
懐かしさはある。でも同時に、当時の息苦しさも思い出す。
かつてのカティアにとって、この街は牢獄に等しかった。父の監視、他の令嬢たちの視線、息の詰まるような日々。ここにいるかぎり自分は籠の鳥だと諦めていた。
でも、今は少しだけ違う。
(帰ってきたって、思えるのね)
隣でラピスがセオの膝に乗り、窓の外を指差してはしゃいでいる。この光景が、冷たかったはずの街を温かく塗り替えてくれていた。
今はセオも色彩を変えることもなく、同じ色の髪が並ぶ姿をカティアは眩しそうに見つめた。
やがて馬車は王城の正門をくぐった。
話はすでに通っているらしい。門が開くなり、騎士や大臣たちがずらりと整列して待ち構えていた。実父であるリーヴス侯爵の姿こそないけれど、これだけの有力者がずらりと並ぶさまは壮観だ。
呆けていると、セオが先に降りて手を差し出してくれる。
「ほら、カティア」
導かれるままにその手を取り、ステップに足をかけた。優雅に見えるよう意識しながら地面に降り立った、その瞬間だった。
「平民の分際で陛下と同じ馬車に乗るとは、何事か!」