顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
鋭い一喝が響き渡る。
あまりの威圧感に、後から馬車を降りたラピスまで縮み上がり、セオの後ろにサッと隠れた。
大臣たちの列が割れ、ひとりの男が進み出てくる。
その男の顔は、当然カティアも知っている。
ルーカス・コル・グレンソン。言わずと知れた、この国随一の貴族、グレンソン公爵家の当主だ。
アッシュグレーの髪を後ろになでつけ、濃い赤の瞳の眼光が鋭い。黒のフロックコートを纏った彼は五十を過ぎ、老いるどころか凄みを増すばかりだ。
しかし、セオは一歩も退かなかった。
「グレンソン公爵」
カティアの手を握ったまま、グレンソン公爵を正面から見据える。
「彼女の名前はカティア。長く、俺が探し続けてきた女性だ」
それから――と、セオは後ろに視線を向け、背中側に隠れていたラピスに手を伸ばす。
「出ておいで、ラピス」
普段は好奇心旺盛で勇敢なラピスも、これだけ怖い顔をした人間に囲まれたら緊張するのだろう。
セオの脚にしがみついたまま、おずおずと半分だけ顔を覗かせる。
揺れる銀の髪。なによりも彼の持ったセオと同じ色の瞳に皆がざわめく。
同時に、ラピスを見下ろす貴族たちの視線に、値踏みするような色が混じった。けれど、セオがラピスの肩にそっと手を置いた瞬間、場がしんと静まりかえる。
「――できるか? ラピス」
「うん……!」
男同士なにやら顔を見合い、ラピスが力一杯に頷いた。
そしてラピスがじっとなにかに集中し――力が、渦巻く。やがて、ラピスの瞳にキラキラと、真白い星の光が宿った。
その八芒星がなにかわからぬ者は、ここにはいない。
「な……!」
「その歳で、もう加護が!?」
「なんと末恐ろしい」
驚きと戸惑い、そして興奮。様々な感情が入り交じる。
(よかった! 上手くいったのね……!)
カティアも手に汗を握る気持ちで見守っていたが、成功したようでほっとする。
馬車で王都に移動する間、ラピスはセオとふたりで体内の魔力を動かす特訓をしていた。
ラピスは自分が強い魔力を持っているなど知らなかったため、当然大興奮だった。毎日カティアが驚くほどの集中力で、自分の魔力と向き合っていたのだ。
「この子が俺の息子ラピスだ。――そして、見ての通り次代の『星の子』である」
空気が変わった。
居並ぶ大臣たちの間に、さざ波のようなどよめきが広がっていく。
「そしてカティアはこの子の母だ」
セオは静かに、しかしはっきりと宣言した。王の揺るぎない意志を感じ、誰もが呻いた。
「なにより、俺は彼女を妃に迎えるつもりで連れてきた。――グレンソン公爵、そしてここに居並ぶ者たちも、その意味をよくよく考えた上で、彼女への態度を改めるように」
再び周囲が静まりかえった。大臣たちの表情が強張り、グレンソン公爵の眉間に深い皺が刻まれる。
その沈黙のなか、セオはフロゥへ視線を送る。
「――連れてこい」
短い一言。フロゥが頷き、踵を返す。
後方に連なっていた馬車のひとつに駆け寄り、扉を開けた。
そこから現れたのは見知った女性だ。
赤茶の髪はすっかり艶を失い、エメラルドの瞳は伏せられたまま、こちらを見ようともしない。かつての華やかさは見る影もなく、その細い手首には手枷がかけられている。
「アビゲイル・ララ・グレンソン。王の子を産んだと騙り、偽りの『星の子』を王家に差し向けた――その罪、いかほどのものか、わかっているな?」