顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
「皆と一緒に学校に通わせてやりたいし、外できちんと自分の名を名乗らせてやりたい。――君が考えてくれた、素晴らしい名前だからな」
ラピス――ラピスラズリの青を宿すその瞳に、カティアが祈りを込めて付けた名前だ。
あの瞳は、セオとの唯一の繋がりだった。だから、父親がいなかったラピスが、それでも父の存在を感じられるようにとあの名前をつけたのだ。
「だから俺は、出迎えの場に、多くの貴族が同席するのを許した」
「え……?」
「本来、『星の子』の顔は二十歳まで一部の貴族以外には伏せられる。だが、ラピスは市井で育った子だ。すでに多くの人間がその顔を知っている。今さら貴族がひとり、ふたり増えたところで問題ないだろう?」
ニイと、少しいたずらっぽくセオが笑った。
「皆がすでにラピスの顔を知っている。だったら、王城の奥に押しこめ、生活させるのは無駄だと思わないか?」
「セオ……」
「あの子の存在が、古い慣習に風穴を開けてくれるかもしれないと思ったんだ」
『星の子』を城に閉じ込め、外の世界から隔絶する。それは保護であると同時に、長きにわたり王家が疑問を持たずに続けてきた因習でもある。
セオ自身がその息苦しさを知っているからこそ、ラピスには少しでも違う道を歩ませてやりたい。そんな親心を感じて、胸が熱くなる。
「なんて。もっともらしい言い方をしているが、まあ、ここで育った俺の小さな反抗にラピスを巻き込んでいるだけかもな」
「いいえ、そんな――」
「ふ。――らしくもなく、真面目な話をした」
セオはふいに顔を背けた。耳の端がうっすらと赤い。
「ラピス、レヴィン! 次は俺が相手してやる。――来い!」
カティアの言葉を遮るように、セオはすっと立ち上がった。
大股で子供たちのもとへ向かっていくその背中を、カティアは眩しそうに見つめる。
(――セオなら、本当にそんな未来を勝ち取るかもしれない)
古い慣習を変え、ラピスに自由な空を見せてやれる王に。
できることなら、その隣で支えたい。今は、心からそう願っている。
けれど、今のカティアには貴族としての身分がない。
ここは、かつて自分を追い出した王都。勘当され、全てを失った街だ。足りないものは数え切れないほどあるし、セオの隣に立つにはあまりに頼りない。
それは、わかっている。わかっているけれど――。
(多分ね……なにか、ケジメがほしいだけなんだと思う)
カティアは膝の上でそっと手を握りしめた。陽だまりの中に響く子供たちの笑い声が、ひどく眩しかった。