顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(5)今度こそ、あなたに
――そして夜。
カティアはくうくうと眠るラピスの頭を撫でて、そっとベッドから抜けだした。
寝室と続きになっている自らの居室に移動し、ランプの明かりをつける。
窓辺に据えられた白いテーブルは、細やかな彫刻が施された優美なものだ。
カティアはその前に腰を下ろし、小さな引き出しにそっと手をかけた。
取り出したのは、制作途中の守り袋だった。
瑠璃色の布地に、丁寧な刺繍が施されている。夜空に輝く星々に照らされた静かな大地をイメージしたそれは、白から淡い水色、そして濃い青に至るいくつもの刺繍糸を重ね、優しいグラデーションに仕上げた。
かつて、お祭りの夜に渡しそびれたものとは異なる。あの頃のカティアは偽りの姿で、正体がバレないようにとあえて自分らしくないものを制作した。
けれど今度は違う。カティアそのものの真心を込めて、あの人に守り袋を贈りたかった。
何日もかけて少しずつ縫い進めてきた刺繍も、今夜で最後だ。
カティアは針を手に取り、残りの仕上げに取りかかった。
ひと針ごとに、祈りを込める。
どうかあの人が、健やかでありますように。
どうかあの人と、家族皆で笑って暮らせますように。
――最後のひと針を、そっと留めた。
完成した守り袋を両手で包み込むように持ち上げ、しばし見つめる。我ながら、よくできたと思う。
次にカティアは、引き出しの奥から透かしの入った飾り紙を取り出した。
繊細な模様が透けるその紙に、ペンを走らせようとして、ふと手が止まる。
肝心の贈る言葉に少し悩んだのだ。
でも――。
(決めた)
カティアは静かに目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
手のひらに、意識を集中させる。すると、指先にじわりと温かな光が集っていく。
淡い金色の光の粒が、ペン先から飾り紙の上へと流れ落ちるように広がっていった。
ランプの明かりとは異なる、もっと柔らかくて優しい光。カティアの内側から滲み出る、『夢喰』の加護の輝きだ。
この祝福を、ありったけ。
光に導かれるまま、ペンが紙の上を滑っていく。
「…………よし」
書き終えた飾り紙を、そっと守り袋に添えた。
金色の余韻がふわりと消えていき、部屋には再びランプの灯りだけが残る。
カティアはそれを胸の前で抱きしめ、小さく笑った。