顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(6)野望 ※グレンソン公爵視点
◇◇◇
薄暗い部屋の中、燭台の炎がひとつだけ揺れていた。
その頼りない光に照らされ、闇の中からひとりの男の輪郭がぼんやりと浮かび上がる。深く刻まれた皺の奥には、鋭い眼光が宿っていた。
男は手元の書簡に目を落としていた。淡々と文字を追い、読み終えると、その紙片を無造作に燭台の炎にかざす。
ぱち、と小さな音を立てて火が移った。
炎は瞬く間に便箋を呑み込んだが、灰はテーブルに落ちることなく、煙とともに空気の中へ溶けるように消えていった。あとには紙片が存在した痕跡すら残らない。
「ふん」
――これは『星』一行が王都に帰還した夜のことである。
ルーカス・コル・グレンソン公爵は、暗闇の中で低く鼻を鳴らした。
「忌々しい」
吐き捨てるように呟くのも仕方がない。
あのアビゲイルという能なしの娘が、とうとう捕らえられた。
それも自分の目の前で断罪されるという、最悪の形で。あの娘は、あまつさえこのグレンソンの名を巻き込もうと喚き散らしたのだ。
とはいえ、グレンソン公爵はあの程度の醜態に動じる男ではなかった。
養女として拾い、憧れの男の婚約者に据えてやろうとした恩も忘れ、追い詰められた末に飼い主に噛みつこうとする。
所詮はその程度の女だったということだ。多少のポカは想定の範囲内ではある。――だが。
「もっと早く、報告していればよかったものを」
いくら貴族としての立ち居振る舞いを叩き込んだところで、阿呆は阿呆だ。金と人材の使いどきをわかっていない。
アビゲイルは真の『星の子』を発見した瞬間に、手段を選ばずルーカスに連絡を入れるべきだった。
あの女なりに急いで送ろうとしたようだが、今回に関しては、情報の重大性を全然理解していなかったとしか言いようがない。あの女がもっとしたたかであれば、早く届ける方法など他にあったのに。
――もっとも、あの女に期待ができなさすぎて、持たせる駒を制限していた。下手に動かれて足がつくよりは、最低限の手札だけ握らせておく方が安全だと判断したのも事実だが。
(『星の子』をこの手に確保できる可能性があったのに)
忌々しき国王によってあの子供が周知される前に、この手中に収めることなど造作もなかったはずだ。
そうすれば、色々な計画がもっと早く進められたのに。