土佐弁男子は気まぐれ猫さん
自分で自分に言い聞かせるように、私はぶんぶんと首を横に振った。
落ち着け、私。 龍馬は元々うちの猫だったんだから。
ずっと一緒に暮らしてきた家族みたいな存在で、膝の上で丸くなって眠っていた姿だって何百回も見ている。それが、いくら背が高くて整った顔立ちの人間になったからって、いちいちドキドキしていたら変だ。
……そう、変なのに。
「莉子ちゃん?」
「わっ!?」
突然、すぐ隣から声をかけられて、私は肩を跳ねさせた。
「ど、どうしたの?」
「いや、急に真っ赤になったき。具合でも悪いがか?」
龍馬が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
猫だった頃の癖なのか、パーソナルスペースという概念がないらしい。
「だ、大丈夫!なんでもないよ!」
「ほんまか?」
「ほんとほんと!」
私は慌ててブックカバー作りに意識を戻した。
和紙を本の大きさに合わせて折り、端を丁寧に糊付けする。 最後に選んだ紺色のリボンを取り付ければ完成だ。
「できたー!」
「おお!えい感じじゃ!」
完成したブックカバーを両手で掲げると、龍馬も嬉しそうに覗き込んでくる。
淡い色の和紙に、紺色のリボン。そして表紙の中央には、私が描いた小さな猫のイラスト。
「可愛いね」
カウンターから戻ってきた先輩も、完成したブックカバーを見て微笑んだ。
「本当ですか?」
「うん。莉子さんらしい感じがする」
「えへへ……ありがとうございます!」
先輩にまっすぐ褒められて嬉しくなり、思わず頬が緩んで笑みがこぼれる。
すると。
「……」
さっきまで隣で「見せて見せて」と一緒に指をさしてはしゃいでいたはずの龍馬が、なぜか机にペたりと突っ伏していた。
「龍馬?」
「……なんもないぜよ」
突っ伏したまま、伏せられた頭から漏れ出たのは短く素っ気ない返事。
長い脚を持て余すように机の下で揺らし、機嫌悪く床をトントンと踏み鳴らす雰囲気は、あまり構ってやれなかった時、尻尾をバシバシと床に叩きつけていた時の姿にそっくりだ。
なんだろう。さっきまで「えい感じじゃ!」と一緒に完成を喜んでくれていたのに。
けれど、図書室を出た途端、龍馬は打って変わって元気を取り戻したみたいだった。
廊下に響く足取りも軽く、さっきまでの重苦しい雰囲気をどこかに投げ捨ててきたかのように、パッと弾けた笑顔で振り返る。
「莉子ちゃん!次はどこへ行くがじゃ?」
「え?さっきまで机に突っ伏してたのに……」
「何のことぜよ?」
「いや、だって図書室ではなんか元気なかったじゃん」
「気のせいじゃ!わしはいつでも元気いっぱいぜよ!」
龍馬はフンと鼻を鳴らすと、何事もなかったかのように私の前を歩き出した。
「えぇ……」
私は小さく呟きながら、その背中を追いかける。
さっきまであんなに分かりやすく不機嫌そうにしていたのに、今は鼻歌まで歌っている。
本当に何だったんだろう?
「莉子ちゃん、次はどこへ行くが?」
「えーっと……」
私は手にした文化祭のパンフレットを開く。
「隣の三組は脱出ゲームやってるみたい。あと、美術室では美術部の展示もやってるって」
「脱出ゲーム!」
龍馬の目がぱっと輝いた。
「行きたいぜよ!」
「じゃあ、見に行こうか」
「おう!」
龍馬は嬉しそうに頷くと、今度は私の手を引っ張るようにしてズンズンと廊下を進んでいく。
「ちょ、ちょっと龍馬!そんなに急がなくても逃げないよ!」
「早くせんと、先に入った人に全部謎を解かれてしまうき!」
「文化祭の脱出ゲームでそんな本気になる人いる!?」
「ここにおるぜよ!」
龍馬は胸を張って即答した。
「……そうだった」
私は思わずため息をつく。
龍馬の好奇心を甘く見ていた……。
けれど、子供みたいに無邪気な龍馬を見ていると、やっぱり自然と笑みがこぼれてしまう。
三組の教室へ近づくにつれて、賑やかな歓声と熱気が混ざり合い、廊下には長い人だかりができていた。
「うわぁ、結構並んでるね」
教室の前には『謎解き脱出ゲーム〜修道院から脱出せよ〜』と書かれた大きな看板が立てられている。
雰囲気もお化け屋敷じゃないの?ってくらい本格的で、黒く塗りつぶされたダンボールの壁からは、どこか禍々しい雰囲気すら漂っていた。
入口を覆う黒いカーテンの隙間から、うっすらと赤い照明の光と重低音の音楽が漏れ聞こえてくる。
「本格的じゃのう!莉子ちゃん、修道院って何じゃ?」
「えっと、神様に仕える人たちが暮らす場所……かな。でもこの雰囲気、絶対に普通の修道院じゃない気が……」
(何で謎解きと脱出ホラーを組み合わせちゃったの、三組!!)
並んでいる生徒の間からも、「かなり怖いらしいよ」「途中で泣いて出てきた人もいるって」なんて物騒な噂話が聞こえてきて、私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ねぇ、龍馬」
「なんじゃ?」
「もし怖かったら、無理せず途中で出てもいいからね?」
強がりつつも、自分が一番怯えているのを隠すように念を押すと、龍馬はきょとんと目を瞬かせた。
「怖いがか?」
「……」
スッと龍馬から目を逸らす。
「あ、莉子ちゃん目ぇ逸らしとるぜよ」
「いや、太陽が眩しいなーって」
「室内ぜよ」
「……」
図星を突かれて固まる私を見て、アハハと龍馬は愉快そうに笑った。
「心配いらん!猫は夜目がきくき、大丈夫じゃ!」
受付けの生徒に促され、私達は黒いカーテンをくぐって中へ足を踏み入れた。
龍馬の背中に隠れるように、歩く。
カチ、カチ、と不穏な時計の針の音が部屋中に響くなか、中央の机には一冊の古びたノートが置かれていた。
「莉子ちゃん、何か書いてあるぜよ」
龍馬が私を庇うように前に立ちながら、ノートを覗き込む。
そこには血のような赤文字で、こう記されていた。
『最初の謎:この部屋に隠された、本来の姿を失った主の印を探せ』
「本来の姿を失った……?」
「ふむ……」
龍馬は腕を組んでうーんと思考を巡らせると、突然ハッと目を見開いて私を振り返る。
「莉子ちゃん!これ、わしのことじゃないがか!?」
「うーん……違うと思うよ」
真剣そのものの龍馬の顔に、私は恐怖も吹き飛んで思わず脱力してしまった。
落ち着け、私。 龍馬は元々うちの猫だったんだから。
ずっと一緒に暮らしてきた家族みたいな存在で、膝の上で丸くなって眠っていた姿だって何百回も見ている。それが、いくら背が高くて整った顔立ちの人間になったからって、いちいちドキドキしていたら変だ。
……そう、変なのに。
「莉子ちゃん?」
「わっ!?」
突然、すぐ隣から声をかけられて、私は肩を跳ねさせた。
「ど、どうしたの?」
「いや、急に真っ赤になったき。具合でも悪いがか?」
龍馬が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
猫だった頃の癖なのか、パーソナルスペースという概念がないらしい。
「だ、大丈夫!なんでもないよ!」
「ほんまか?」
「ほんとほんと!」
私は慌ててブックカバー作りに意識を戻した。
和紙を本の大きさに合わせて折り、端を丁寧に糊付けする。 最後に選んだ紺色のリボンを取り付ければ完成だ。
「できたー!」
「おお!えい感じじゃ!」
完成したブックカバーを両手で掲げると、龍馬も嬉しそうに覗き込んでくる。
淡い色の和紙に、紺色のリボン。そして表紙の中央には、私が描いた小さな猫のイラスト。
「可愛いね」
カウンターから戻ってきた先輩も、完成したブックカバーを見て微笑んだ。
「本当ですか?」
「うん。莉子さんらしい感じがする」
「えへへ……ありがとうございます!」
先輩にまっすぐ褒められて嬉しくなり、思わず頬が緩んで笑みがこぼれる。
すると。
「……」
さっきまで隣で「見せて見せて」と一緒に指をさしてはしゃいでいたはずの龍馬が、なぜか机にペたりと突っ伏していた。
「龍馬?」
「……なんもないぜよ」
突っ伏したまま、伏せられた頭から漏れ出たのは短く素っ気ない返事。
長い脚を持て余すように机の下で揺らし、機嫌悪く床をトントンと踏み鳴らす雰囲気は、あまり構ってやれなかった時、尻尾をバシバシと床に叩きつけていた時の姿にそっくりだ。
なんだろう。さっきまで「えい感じじゃ!」と一緒に完成を喜んでくれていたのに。
けれど、図書室を出た途端、龍馬は打って変わって元気を取り戻したみたいだった。
廊下に響く足取りも軽く、さっきまでの重苦しい雰囲気をどこかに投げ捨ててきたかのように、パッと弾けた笑顔で振り返る。
「莉子ちゃん!次はどこへ行くがじゃ?」
「え?さっきまで机に突っ伏してたのに……」
「何のことぜよ?」
「いや、だって図書室ではなんか元気なかったじゃん」
「気のせいじゃ!わしはいつでも元気いっぱいぜよ!」
龍馬はフンと鼻を鳴らすと、何事もなかったかのように私の前を歩き出した。
「えぇ……」
私は小さく呟きながら、その背中を追いかける。
さっきまであんなに分かりやすく不機嫌そうにしていたのに、今は鼻歌まで歌っている。
本当に何だったんだろう?
「莉子ちゃん、次はどこへ行くが?」
「えーっと……」
私は手にした文化祭のパンフレットを開く。
「隣の三組は脱出ゲームやってるみたい。あと、美術室では美術部の展示もやってるって」
「脱出ゲーム!」
龍馬の目がぱっと輝いた。
「行きたいぜよ!」
「じゃあ、見に行こうか」
「おう!」
龍馬は嬉しそうに頷くと、今度は私の手を引っ張るようにしてズンズンと廊下を進んでいく。
「ちょ、ちょっと龍馬!そんなに急がなくても逃げないよ!」
「早くせんと、先に入った人に全部謎を解かれてしまうき!」
「文化祭の脱出ゲームでそんな本気になる人いる!?」
「ここにおるぜよ!」
龍馬は胸を張って即答した。
「……そうだった」
私は思わずため息をつく。
龍馬の好奇心を甘く見ていた……。
けれど、子供みたいに無邪気な龍馬を見ていると、やっぱり自然と笑みがこぼれてしまう。
三組の教室へ近づくにつれて、賑やかな歓声と熱気が混ざり合い、廊下には長い人だかりができていた。
「うわぁ、結構並んでるね」
教室の前には『謎解き脱出ゲーム〜修道院から脱出せよ〜』と書かれた大きな看板が立てられている。
雰囲気もお化け屋敷じゃないの?ってくらい本格的で、黒く塗りつぶされたダンボールの壁からは、どこか禍々しい雰囲気すら漂っていた。
入口を覆う黒いカーテンの隙間から、うっすらと赤い照明の光と重低音の音楽が漏れ聞こえてくる。
「本格的じゃのう!莉子ちゃん、修道院って何じゃ?」
「えっと、神様に仕える人たちが暮らす場所……かな。でもこの雰囲気、絶対に普通の修道院じゃない気が……」
(何で謎解きと脱出ホラーを組み合わせちゃったの、三組!!)
並んでいる生徒の間からも、「かなり怖いらしいよ」「途中で泣いて出てきた人もいるって」なんて物騒な噂話が聞こえてきて、私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ねぇ、龍馬」
「なんじゃ?」
「もし怖かったら、無理せず途中で出てもいいからね?」
強がりつつも、自分が一番怯えているのを隠すように念を押すと、龍馬はきょとんと目を瞬かせた。
「怖いがか?」
「……」
スッと龍馬から目を逸らす。
「あ、莉子ちゃん目ぇ逸らしとるぜよ」
「いや、太陽が眩しいなーって」
「室内ぜよ」
「……」
図星を突かれて固まる私を見て、アハハと龍馬は愉快そうに笑った。
「心配いらん!猫は夜目がきくき、大丈夫じゃ!」
受付けの生徒に促され、私達は黒いカーテンをくぐって中へ足を踏み入れた。
龍馬の背中に隠れるように、歩く。
カチ、カチ、と不穏な時計の針の音が部屋中に響くなか、中央の机には一冊の古びたノートが置かれていた。
「莉子ちゃん、何か書いてあるぜよ」
龍馬が私を庇うように前に立ちながら、ノートを覗き込む。
そこには血のような赤文字で、こう記されていた。
『最初の謎:この部屋に隠された、本来の姿を失った主の印を探せ』
「本来の姿を失った……?」
「ふむ……」
龍馬は腕を組んでうーんと思考を巡らせると、突然ハッと目を見開いて私を振り返る。
「莉子ちゃん!これ、わしのことじゃないがか!?」
「うーん……違うと思うよ」
真剣そのものの龍馬の顔に、私は恐怖も吹き飛んで思わず脱力してしまった。


