指先そっと、触れて今
「……ご自分で袋を開ける元気もない、ということですか?」
「うん。指が動かないなぁ~。」
「先程まで元気よくタオルを使用されていましたが。」
「指使ってない。手を使った。」
「……意外とああ言えばこう言いますよね。わかりました。お待ちください。」

 ウェットティッシュで手を拭いてから、結陽が包みをピリリと破く。はぁ、とため息をついてから飴玉をその細い指が摘まんだ。
 瑞樹は目を閉じて口を開ける。コロンと舌に飴玉が落ちてきて唇を閉じようとすると、唇に彼女の指先がそっと触れた。思っていたよりも早く口を閉じてしまったらしい。
 口の中に広がる、はちみつの味。鼻に抜けるほのかに甘い香り。確かに喉には良さそうだ。

「おいし。ごめんね、指まで食べそうになってた?」
「いえ、食べそうになっていません。私が引っ込めるのが遅かっただけです。」
「……じゃあ、そういうことでいいよ。食べさせてくれてありがと。うま~。これ、うまい。」
「お口に合ったようで何よりです。そろそろ着替えますよね、私は外でお待ちしますので……」
「いてよ。奥で着替えるし。さーて、戻りますか。」

 マネージャーといるときにだけに剥がれかける自分を元に戻す。もうすぐ『外に出る』時間になる。

「わかりました。私はここにおりますので、必要なもの等ありましたらお声掛けください。」

 そう言って瑞樹に背を向けてタブレットを開いた結陽を見てから、瑞樹は着ていた衣装を脱いだ。ラフな格好に着替えて、ゆっくりと結陽に近付く。そして結陽のブラウスの裾に指先を伸ばした。その指先がそのまま軽く引く。その動きに応じて、結陽の目はそのまま瑞樹を見上げた。

「何かありましたか?」
「ううん。ただ、あんま遠くに行ってほしくないだけ。」
「……遠くも何も、ここにいますけど。」
「うん。結陽ちゃんはここにいる。でもあんまり頑張りすぎないでね。」
「……あの、その『ちゃん』の変更は受け付けていますか?」
「え?」
「私の方が年上ですし、その、『ちゃん』と呼ばれるような可愛らしさは持ち合わせていないと思うのですが……。」

 タブレットでメールを確認しながらこんなことを考えていたのかと思うと、思わず笑いが込み上げた。真面目で少しズレている。でも、そんなところがこの人の愛しさの本質だ。ほんのりと赤いままの耳も、赤さの伝染した頬も、可愛さは募っていく。

「じゃあ結陽さん?」
「……100万歩譲ってその方が飲み込めそうです。」
「えーでも結陽ちゃんの方が可愛くない?そっちにする。」
「……何なんですか。結局変わらない……。」
「うん。でもまだまだ、ちゃんと見ててね、俺のこと。頑張るから。聴いてくれる人がいる限りずっと。」

 瑞樹がそう言うと、結陽は頷いた。

「見てますよ、ちゃんと。」

 短い言葉。だが、それだけで本当に充分なのだ。視線で、言葉で、態度でこの人は伝えてくれるのだから。

「じゃあまぁ、これからも歌いますよ。結陽ちゃんが一番に聴いてくれるから。」
「……あの、そこはひとまずこの場はいいですけど、外ではだめですからね。」
「うん、わかってるよ。」

 5年は伊達じゃない。彼女が俺をまっすぐに見つめていてくれるから、見つめ返す。今はただそれだけでも、それだけにはしない。
 スッと立ち上がった結陽の隣に、足を揃えて瑞樹も立つ。

「新島くんも皆さんを探しに行きますか?」
「結陽ちゃんだけに行かせるわけないからね。一緒に行くよ。」
「わかりました。あ、えっとその、距離は適切に保ってください。」
「はぁい。」

 名前呼びの効果はまだ残っていることを横目に確認しながら、そのままドアに近付く。そして二人は、控室をゆっくりと後にした。

*fin*
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