『君と見つけた、春色の約束』

最終章 君と見つけた、春色の約束

 春。

 一年前と同じように、大学のキャンパスには桜が咲き誇っていた。

 風が吹くたびに花びらが舞い、まるで二人の思い出を祝福しているようだった。

 陽斗はゆっくりと、あの桜の木へ向かって歩く。

 初めて美緒と出会った場所。

 スケッチブックを拾った、あの日から始まった物語。

 あれから一年。

 美緒はフランスへの留学が決まり、旅立ちの日が近づいていた。

 それでも二人は、お互いを支え合いながら毎日を過ごしてきた。

 会える時間は決して長くなかった。

 課題に追われ、アルバイトに励み、それぞれが夢へ向かって歩き続けた。

 だからこそ、一緒に過ごす何気ない時間が何よりも大切だった。

 ◇

 桜の木の下には、もう美緒が立っていた。

 白いワンピースに、淡いピンク色のカーディガン。

 初めて出会った日の面影を残しながらも、どこか少し大人びた笑顔。

「神崎くん。」

「待たせた。」

「ううん。」

 美緒は首を横に振る。

「この景色、覚えてる?」

「もちろん。」

「全部、ここから始まったんだよね。」

 二人は並んで桜を見上げた。

 春風に乗って、一枚の花びらが陽斗の肩へ落ちる。

「もう一年か。」

「早かったね。」

「でも、不思議だ。」

 陽斗は小さく笑う。

「美緒と出会う前の大学生活なんて、もう思い出せない。」

 その言葉に、美緒も笑った。

「私も。」

 ◇

 しばらく沈黙が続いた。

 心地よい静けさ。

 言葉がなくても、隣にいるだけで安心できる。

「神崎くん。」

「うん。」

「留学、頑張ってくるね。」

「うん。」

「ちゃんと夢を叶えて帰ってくる。」

 陽斗は力強くうなずく。

「待ってる。」

「本当に?」

「何年でも。」

 美緒は少しだけ涙ぐみながら笑った。

「そんなこと言われたら、絶対帰ってこなきゃ。」

「帰ってきて。」

「うん。」

 陽斗はポケットから、小さな紙袋を取り出した。

「これ。」

「え?」

「出発のお守り。」

 中には、二人が初めて水族館へ行った日に買ったイルカのキーホルダーと、桜模様の小さなしおりが入っていた。

「覚えてる?」

「もちろん。」

「離れていても、これを見たら俺を思い出して。」

 美緒は胸の前で大切そうに抱きしめた。

「ありがとう……。」

 涙が一粒、頬を伝う。

 陽斗はそっとハンカチを差し出した。

「泣くのはまだ早い。」

「だって……。」

「笑顔で送り出したい。」

 その言葉に、美緒は涙を拭きながら笑う。

「神崎くんって、前よりずっとかっこよくなった。」

「それは美緒のおかげ。」

「え?」

「君に出会って、変われたから。」

 美緒は照れくさそうに笑い、陽斗の手をそっと握った。

「私も。」

「神崎くんに出会えたから、自分の夢をもっと好きになれた。」

 二人は手をつないだまま、満開の桜を見上げる。

 花びらが風に舞い、二人の周りを優しく包み込む。

 ◇

「約束、覚えてる?」

 美緒が小指を差し出す。

 陽斗も小指を絡めた。

「もちろん。」

「夢を叶えて帰ってくること。」

「帰ってきたら、またこの桜の木で会うこと。」

「そして──」

 美緒は少しだけ恥ずかしそうに笑った。

「その時も、私の隣にいてくれる?」

 陽斗は迷うことなく答えた。

「ああ。」

「これからも、ずっと。」

 その返事を聞いた美緒は、涙を浮かべながらも、今までで一番幸せそうに笑った。

 次の瞬間。

 陽斗はそっと美緒を抱き寄せた。

 春風が二人を包み込み、桜吹雪が静かに舞い上がる。

「行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」

 短い言葉の中に、たくさんの想いが込められていた。

 別れは終わりではない。

 それは、新しい未来へ向かうための始まり。

 二人なら、きっと乗り越えられる。

 そう信じられた。

 ◇

 数年後――。

 春。

 あの日と変わらない桜の木の下。

 陽斗は静かに空を見上げていた。

「待たせちゃった?」

 聞き慣れた声。

 振り返ると、そこには少し大人になった美緒が立っていた。

 以前よりも自信に満ちた笑顔。

 それでも、初めて出会った日の面影は変わらない。

「おかえり。」

「ただいま。」

 美緒は一歩近づき、陽斗の前で立ち止まる。

「夢、叶えてきたよ。」

「知ってる。」

「絵本、見てくれた?」

「もちろん。」

「感想は?」

 陽斗は少し笑ってから答えた。

「世界で一番、優しい絵だった。」

 美緒は照れくさそうに笑う。

 そして、小さく息を吸って言った。

「ねぇ、陽斗。」

「うん。」

「今度は、ずっと一緒に未来を描こう。」

 陽斗はその手をしっかりと握る。

「もちろん。」

 二人の指が重なり、桜の花びらが祝福するように舞い続ける。

 春は、また巡ってきた。

 けれど、この春は一年前とは違う。

 それぞれの夢を叶えた二人が、新しい未来を歩き始める春。

 あの日交わした約束は、時を越え、確かな「未来」になった。

 桜の木は、静かに二人を見守っている。

 これから先も、何度春が訪れても。

 きっと、この場所は二人にとって――

「始まりの場所」であり、「帰る場所」であり続ける。



あとがき

恋は、誰かと出会うことで始まります。

けれど、本当に大切なのは「出会うこと」ではなく、「支え合いながら同じ未来を信じ続けること」なのかもしれません。

陽斗と美緒は、お互いの夢を応援し合うことで、恋人としてだけでなく、一人の人間としても成長していきました。

たとえ離れる時間があっても、想いは距離では測れない。

そう信じられる二人だからこそ、「春色の約束」は未来へとつながっていったのでしょう。

――『君と見つけた、春色の約束』 完
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