夜を誘惑する華――Jazz singer
 ◇◇◇

 あの日以来、休日の昼間にスタジオを借りて集まり練習をしている。
 まだ練習は片手で数えるぐらいしか出来ていないが、今まで経験してこなかった日々に目を光らせて楽しんでいる。


 今日は練習のない平日。いつものようにCats that gather at nightでお酒を飲んでいると、積島さんに出会った。

「夕魅さん今晩は。1人飲んでいるのかい? もし良かったら隣に座って一緒飲んでもいいかなぁ?」
「えぇ。一緒に飲みましょう!」

 まだ私は積島さんの事を良く知らない。
 出会ってから2人で話す機会が今日までなく、仲を深めるチャンスだと思った。

 お互いにカクテルを選んで注文をする。
 私はシーブリーズを選び、積島さんはキューバ・リブレを頼んだ。

「……では、最初はシーブリーズを作りますね」

 シェイカーを取り出して、ボディー(シェイカーの本体)に氷を詰める。ウォッカ、グレープフルーツジュース、クランベリージュースをメジャーカップに測って注ぐと、ストレーナー(穴の開いた中蓋)を被せ、最後にトップ(キャップ)を付けると……凜と構えた。

 胸元に持って行きながら、斜め上と斜め下に体を大きく使って、シャカシャカとシェイクする。最後にトップを外して、氷の入ったコリンズグラスにゆっくりと注いで完成した。

 美しいローズピンク色をしたカクテルは見ているだけで、惚れてしまいそうだ……。

 ゆっくりグラスを持ち上げて嗅ぐと、フレッシュな甘酸っぱい香りが、鼻腔を心地よく刺激した。ゴクッとゆっくり味わう……クランベリーの甘酸っぱさに、グレープフルーツのほろ苦さが加わり、スッキリとした味わいが喉を包むように熱を持つ。

「……美味い!」

 ニコニコの笑みで飲んでいる姿を見て、積島さんは微笑んでいた。
「美味しそうに飲むね」
「えへへ……言葉で言われると、何だか少し恥ずかしく感じます」


 しばらくして、積島さんが注文をしたキューバ・リブレがカウンターテーブルに置かれた。今飲んでいるシーブリーズに夢中で、作ってる場面を見逃してしまったが、見た目からしてとても美味しそうだ。

 口の中がシュワシュワしてきそうな深い琥珀色の見た目に、カットされた小さな緑のライムが添えられている。

 積島さんがゴックと飲むと、満面の笑みに変わり心の声が漏れ出す。
「ラム酒の旨味とコーラの炭酸が喉にガツンっときて、これがもう……たまらないだよなぁ」

 夢中に楽しんでいる姿を見て、私はいたずらな笑みをして、仕返しをする事を決めた。
「美味しそうに飲みますね」

 驚いた表情で反応をして、少しの沈黙の後に……「ほんとだ。恥ずかしいね」と笑った。

 カクテルを楽しみながら話しをしていると、ふと気になったことを話す。
「積島さんは、ピアノを続けてきたきっかけってあるんですか?」

 最初は軽い話題として聞いた。
 だけど……さっきまでの笑みは消えて沈黙が流れる。

 覚悟を決めたように感じると、切ない瞳で語り始めた。
< 10 / 16 >

この作品をシェア

pagetop