夜を誘惑する華――Jazz singer
第6話 刻まれる噛み痕1
***【積島視点】
あれは24歳の頃。
小さい頃にピアノを習っていた私は、趣味に変わり大人になっても弾き続けていた。
当時通い詰めて居たバーには、ぽつんと誰も触れないピアノが一台置かれていた。毎回ピアノを見るたんびに、悲しい音色が今にも聞こえそうなくらい寂しく映る。
今日はいつもより酔いが回り、ピアノが気になって仕方なかった。居ても立っても居られずに、ピアノの椅子を引いて腰を下ろすと無許可で奏で始めた。
最初は申し訳なさがあったが、ピアノが喜んでいるように感じて夢中で引き続けていた。気が付くと、周りに人が集まっていて拍手が起きる。
恥ずかしさで軽く会釈を繰り返して席に戻ると、マスターが近づき言葉に出来ない表情で近づく。
「良かったよ。実はね……昔妻が奏でていたピアノなんだ。亡くなってからもずっと調律はしてきたんだけど、妻みたいに上手に弾くことが出来なくて……久しぶりに、こいつが楽しく音を出している所が見れたよ。もしよかったら、またひいてくれないかなぁ」
喜んで返事をすると、救われたような笑顔を見せて、一杯サービスをしてくれた。
それからバーに来るたびに必ず弾いていると、噂が広がり地元で少し有名になって常連も増えていった。
◇◇◇
そんなある日。
いつものように皆の前で弾いていると、赤いドレスを着た美しい女性が入ってきた。目を奪うほどに魅力的で見つめていると、一直線にこちらへ向かってくる。
最初は気にしすぎだと思っていた。だが、段々と距離が近付くに連れて胸の鼓動が早くなる……とうとう目の前まで来ると緊張で唾を飲み込んだ。透明感のある声で話し掛けられる。
「貴方の音……気に入ったわ。良ければ私の為に一曲弾いてくださらない?」
「えぇ。何でもどうぞ」
「あらぁ? 何でも大丈夫なのね。そうね……こうしましょう!」
手渡されたのは使い古した楽譜だった。
「この曲を弾いてくださらない。もし難しかったら大丈夫だわ」
「10分程席を外して練習しても良いですか?」
「えぇ。もちろん」
驚きと焦りで少し見栄を張ってしまった。でも引き受けた以上、ダメでしたと断るわけにもいかない。カウンター席に戻ると、楽譜を見ながら必死に机を鍵盤に見立てて練習を始める。ある程度弾けると確信を得た時にはすでに時間を過ぎていた。
「すみませんお待たせして……」
「いいえぇ。こちらこそ無理言ってごめんなさい」
「……では、弾きますね」
椅子を引いて腰を下ろすと、深く息を吸った。
彼女の姿を見ると、箱のような物を近くに置いて、その上に乗ると客から見えるように立ち尽くした。
どういうことだろう? と考え込んでいると笑顔は見せて告げる。
あれは24歳の頃。
小さい頃にピアノを習っていた私は、趣味に変わり大人になっても弾き続けていた。
当時通い詰めて居たバーには、ぽつんと誰も触れないピアノが一台置かれていた。毎回ピアノを見るたんびに、悲しい音色が今にも聞こえそうなくらい寂しく映る。
今日はいつもより酔いが回り、ピアノが気になって仕方なかった。居ても立っても居られずに、ピアノの椅子を引いて腰を下ろすと無許可で奏で始めた。
最初は申し訳なさがあったが、ピアノが喜んでいるように感じて夢中で引き続けていた。気が付くと、周りに人が集まっていて拍手が起きる。
恥ずかしさで軽く会釈を繰り返して席に戻ると、マスターが近づき言葉に出来ない表情で近づく。
「良かったよ。実はね……昔妻が奏でていたピアノなんだ。亡くなってからもずっと調律はしてきたんだけど、妻みたいに上手に弾くことが出来なくて……久しぶりに、こいつが楽しく音を出している所が見れたよ。もしよかったら、またひいてくれないかなぁ」
喜んで返事をすると、救われたような笑顔を見せて、一杯サービスをしてくれた。
それからバーに来るたびに必ず弾いていると、噂が広がり地元で少し有名になって常連も増えていった。
◇◇◇
そんなある日。
いつものように皆の前で弾いていると、赤いドレスを着た美しい女性が入ってきた。目を奪うほどに魅力的で見つめていると、一直線にこちらへ向かってくる。
最初は気にしすぎだと思っていた。だが、段々と距離が近付くに連れて胸の鼓動が早くなる……とうとう目の前まで来ると緊張で唾を飲み込んだ。透明感のある声で話し掛けられる。
「貴方の音……気に入ったわ。良ければ私の為に一曲弾いてくださらない?」
「えぇ。何でもどうぞ」
「あらぁ? 何でも大丈夫なのね。そうね……こうしましょう!」
手渡されたのは使い古した楽譜だった。
「この曲を弾いてくださらない。もし難しかったら大丈夫だわ」
「10分程席を外して練習しても良いですか?」
「えぇ。もちろん」
驚きと焦りで少し見栄を張ってしまった。でも引き受けた以上、ダメでしたと断るわけにもいかない。カウンター席に戻ると、楽譜を見ながら必死に机を鍵盤に見立てて練習を始める。ある程度弾けると確信を得た時にはすでに時間を過ぎていた。
「すみませんお待たせして……」
「いいえぇ。こちらこそ無理言ってごめんなさい」
「……では、弾きますね」
椅子を引いて腰を下ろすと、深く息を吸った。
彼女の姿を見ると、箱のような物を近くに置いて、その上に乗ると客から見えるように立ち尽くした。
どういうことだろう? と考え込んでいると笑顔は見せて告げる。