夜を誘惑する華――Jazz singer

第7話 刻まれる噛み痕2

「貴方のピアノ好きよ」

 優しく微笑むと会計を済ませて帰ってしまった。
 ピアノが好き。その一言で、趣味で続けていたピアノを本気で頑張りたいと誓う程、恋に落ちていた。

 名前の知らない女性は、毎週水曜日に訪れる。ピアノを弾いていると必ず同じ曲をリクエストして、弾いている横で歌う。次第に噂が広がると、水曜日はいつもより客が増える程に有名になっていた。


 出会って3度目の時、歌い終わった女性に勇気を出して誘うことにした。

「……あの。もしよかったら少し一緒に飲みませんか?」

 少し考え込むと「喜んで」と笑顔で返ってきた。

 お酒を選んでいると、女性はすぐに注文をする。
「キューバ・リブレお願いします」

 それは今まで飲んだことのないカクテルだった。気になり同じのを注文することに……。

 隣でハッと驚いた顔になると、すぐに落ち着いてしまった。ずっと大人の余裕があるように見えていたので、意外な反応に戸惑うと、キューバ・リブレが完成して目の前に置かれた。

 飲んでいる姿が気になりバレないよう首を少し傾けて覗く。
 グラスを目元まで持って行くとゆっくり眺める。鼻に近づけて香りを嗅いだ後、ゆっくりと唇に持って行き味わった。グラスを音を立てずに置くと、親指でグラスに付いた口紅を優しく撫でて拭き取る。

 その姿を見てなぜか色気を感じてしまい、鼓動が早くなり自分のグラスを見つめた。真似をするようにグラスを持ち上げて見ると、その後に香りを嗅いで味わった。ラム酒の旨味とコーラの炭酸が喉にガツンっときて、驚き癖になりそうな味だ。

 隣でクスクスと笑い声を堪えるように聞こえて来ると、女性の方を振り向いた。

「ごめん、私の真似ばかりするから少しおかしく思えて……可愛いね」

 ――顔に熱が集まるように感じる――恥ずかしさの余り黙り込む……。

「まだ……名前教えてなかったね。私、歌連(かれん)って言うの。よろしくね」

 ……素敵な名前。その想いで頭がいっぱいになっていると手に違和感があった。下を向くと、柔らかくて細い綺麗な手で握られていた。

 訳が分らずに手の方を目で辿ると、ニコッとした歌連さんの姿があった。この瞬間、ハッとなり状況を理解する。次第に手に汗がかき始めて……濡らしてしまう、嫌に思われる、そんな思考が頭をかき乱して更に体温が上がり固まってしまった。

「ありゃ。大丈夫そう?」
「あ、……はい」

 歌連さんは我慢の限界になり、周りに聞こえるくらい笑い声を出す。少しすると落ち着きを取り戻し、気が付いたのか口元を手で抑えた。

 お互いにおかしく感じて静かに微笑む。緊張は解けて話し始めた。
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