吸血鬼の花嫁
私を威嚇するように銃弾が左肩を掠っていった。
痛みが麻痺した脇腹から血が溢れている。
命そのものが溢れていくかのようだ。
「ある時、この地に力ある吸血鬼がやって来ました。
その吸血鬼は魔の者たちに怯え暮らす人々を哀れに思い、この地を守ることにしたのです。
吸血鬼は今でもこの地を見守って…いるのに……」
また意識が朦朧としだし、声がかすれていく。
まだ、話の途中なのに。
私は強く唇を噛んだ。
「そのお伽話は…もしかして…」
レイシャは驚いたようにユゼを見る。
ちゃんと、レイシャには私の言いたいことが伝わったようだ。
私は小さく微笑む。
きちんと笑えているといい。
「だから、おねがい……」
こんな風に、銃を向けないで欲しかった。
「銃を降ろしてっ。あの吸血鬼はお伽話の吸血鬼なのっ」
「お伽話の吸血鬼ぃ?」
「そう。この国を守っているという、吸血鬼。
あの人がそうだったのよ」
レイシャが銃を持つ男の一人に飛び付く。
男たちが困ったように互いの顔を見合わせた。
私は、膝からがくりと雪の上に崩れ落ちる。
体の力が抜けていった。
分かって貰えたなら、それでいい。
「花嫁っ」
ユゼが近寄ってくるのを感じる。
私はのろのろと後ろを振り返り、手を伸ばした。
後少しで、届きそうだ。
「だったら、どうしたって言うんだ。俺の娘は吸血鬼に殺されたんだ。
吸血鬼なんて、一人残らず滅びればいい」
男の一人が叫んだ。
呪いのような言葉と共に銃声が私とユゼの間を裂く。
そして、胸への衝撃。
「ぐ…っ」
「お姉ちゃんっ」
「チッ、親玉の方には当たらなかったか」
伸ばした手は、届く前に力を失って、雪の冷たさに包まれた。
倒れた私を、ユゼが抱き上げる。
「次だ、次の用意を」
再び放たれた銃弾は、暴力的な風によって遮られた。
風は男たちさえも後ろへ吹き飛ばす。
失われていく視界の中で、氷色の瞳が私を見つめていることに気付いた。
ユゼの手は、震えていた。