吸血鬼の花嫁


はじめの二度は、触れるだけ。

まるで何かの儀式のようなキスを与えられた。

私は目を閉じ、極力何も考えないことにする。

三度目は、息を吸おうと僅かに開いた唇へ深く吸血鬼が入って来た。

好き勝手に咥内を侵食していく柔らかな舌。

より奥を求めるように絡めとられていく。


「…っ、…ん」


食べられているみたいだ。

ただのキスなのに、そう思う。

自分が、目の前の男の一部になってしまうような、そんな錯覚がした。




苦しい。

長いキスに、私は満足に息ができず、思わず吸血鬼の胸を両手で叩いた。

冷たい名残を残して唇が離される。


「……、はぁ、はぁっ」


私は胸を上下させながら、何度も息を吸って吐いた。

キスで呼吸困難に陥ったら、洒落にならない。


「これで……いいんでしょ」


終わったのなら、離れてしまいたかった。深入りしてはいけない。

一歩後ずさろうと踏み出した足から、かくんと力が抜けた。

吸血鬼が手を伸ばし、私の腕を掴む。そのまま私を引き寄せ、私はなすがまま吸血鬼の腕の中へ倒れ込む。

支えられながら、私はなんとか自分の足で立った。体中が痺れたように感覚がなく、動けない。



ふわりと体が宙に浮いた。

吸血鬼に抱きあげられたのである。

抵抗しようと手足を動かすが、指先がぴくりと震えただけだった。

間近に見た吸血鬼の顔は、幾分顔色がいい。足取りもしっかりしたものになっていた。

私は少しだけほっとする。


「しばらく部屋で休んでいろ」

「でも、ルーが……」


約束をしているのに。

なんとか体を動かそうともがくと、吸血鬼が微かに顔を歪めた。

そして、こめかみ近くに唇を近づける。


「眠れ」


耳元に落とされた言葉は、あっさりと体の中へ染み込んでいった。

抗う私を眠りに引き込む、甘い誘いの声。

全てを放り投げだしたくなる。


「い、いや…」

「聞き分けのない」


呆れたような吸血鬼の声と共に、冷たい掌が私の瞼を閉じていく。

目の前に穏やかな闇が広がっていった。




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