破   壊
 “実の母親でさえ……”

 その文字が何度も私の前を横切る。

 続きを読み進める気力を失いそうだったが、私は絶対に最後迄目を離してはいけないと思い、ページをめくって行った。

 自由課題とされていた日の日記は、殆ど一言だけというのが多く、その言葉も、何かに怒りをぶつけているかのようなものばかりだった。

 課題を与えられ、その事について書かれたものは、まるで胸の中に溜まりに溜まったものを一気に吐き出すように、息子の文字は踊っていた。

 ページをめくる手が、止まった。

 課題の欄に、【母】とあった。

 数行の空白が続く。

 何かを躊躇っている気配が、日記から伝わって来る。

 私の知らない息子が、じいっと、日記の中で息を凝らし、私の表情を窺っているような錯覚に陥った。

 ノートの真ん中に、ペン先を押し付けたような太い文字で、

【判らない】

 と書かれてあったのを見て、私の内側でかろうじて堪えていたものが、決壊してしまった。

 水のように流れ出た涙は、ノート一面に雫となって落ち、幾つもの染み跡を作って行った。

 声も上げず、また涙も拭かずにノートを閉じた私を、職員達は余程毅然とした女と思ったのではないだろうか。

 壊れない訳ないでしょ……

 見た目とは裏腹に、私の内部では何かが崩壊していた。

 その日、どうやって家に帰ったのか、私は記憶を失っていた。





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