破   壊
 以前迄なら、彼の言葉を理解しようとは思わなかった。

 私は、初めて彼の言葉の真意を判りたいと思い始めていた。

 それ迄に届いた手紙の全てを私は読み返し始めた。

 何度も、何度も……

 目の前に、彼の子供時代の姿が現れる。

 一人ぼっちで遊んでいる彼。

 押し入れに入り、布団の奥でじっとしている彼。

 何を想像してるの?

 私は問い掛けていた。

 狭い所が好きなんだ……

 そう言った時に見せた彼の表情を思い浮かべた。

 はにかんでいる?

 和らいだ笑み

 あどけない顔になって行く

 二十歳

 十五歳

 十歳

 どんどん彼の顔が幼くなって行く

 五歳

 三歳

 赤ちゃん?

 そうだったの……

 一つ、彼の事が判った。

 彼にとっての押し入れは、母胎なのだ。

 お母さんの中に、彼は包まれていたんだ……

 僕は、赤とかピンクの色が好きなんだ。

 その色を見ていると心が落ち着く……

 ピンク……

 赤……

 血の色……

 母胎は海……

 羊水や臍の緒から繋がる血……

 私は、大輔を身篭った時の事を思い浮かべていた。

 お腹を内側から蹴る大輔。

 それは、私への言葉だった。

 身体で感じる息子の言葉。

『彼は僕です……』

 ごめん、大輔……

 十五年前に心を飛ばし、私は晴れやかな気分になっていた。

 その夜、私は海の中を漂っていた。






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